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8/30

家の前にアンガマが来た。

お祭りの時の演奏が一番いきいきしていて好きだ。

 


8/28

ぬるい夜の空気は、台風が降らせた雨をどんどん吸い込んでいる。

今晩も重く湿った空気をかき分けて歩いているような感覚だ。

湿った空気の向こうから途切れ途切れにアンガマのお囃子が聞こえる。

 


8/27

信号待ちをしている間、道の左側の家の玄関を見ていた。

魔よけがわりの「クモガイ」がぶら下がっているけれど裏返しである。

あれってもしかして裏返しが正しい下げ方なのかなあ。

いいや台風で裏返しになったんだきっと。

開けっ放しの玄関にアロハシャツを来た小奇麗な身なりの男の人が立っていた。

その人はその家を訪問中らしい。

記念にその家の人達を携帯のカメラで写していた。

フレームにみんなが入るよう彼がうしろにさがった時、少し振り返った。

あ、あれはあの人だ。BIGINのボーカルの人だ。

明日からお盆なので帰郷中なんだろう。

信号が青になったので通り過ぎる。

農道を走ってみる。

突風の通り道だったところは木や草がなぎ倒されて、

葉っぱはすべて飛ばされて痛んでいるのでよくわかる。

時々、電柱が折れているところもある。

そういう場所には、ビニールハウスも牛小屋も家も建てちゃいけませんよ。

台風は海水を巻き上げて大量の塩を雨と一緒に降らせたから

もう少しすれば黄色くなって落ちる葉っぱが増えるだろう。

陽が落ちてから庭に散らかった葉っぱの掃除。

陽が出ているうちはまだまだ暑いのです。

庭を猫が横切る。

  

ソーロンや猫は静かに土を踏む  玉簾

 

 


8/26

私は仕事で電話をよく受ける。

最近、仕事で電話をかけてくる人、例えばNTTの営業などの電話で

20代中ばから30代後半位の人達の中で

「はい。」と言うかわりに「うん, 」と、

はきはき話す小さな子供のような返事をする人が激増しているのだが、

あれは流行りなのかなあ。

男の人にもそうい返事をする人が結構いる。

この現象は一年ほど前から始まった。

あまりにも変なので、ずっと気になっているのだ。

「うん,」を連発されて会話が終了し、電話を切った後、

何だか少しやな気分になる。

沖縄の人に多いけれど、仕事場には全国から電話がかかってくるので

沖縄に限った事ではないようである。

旅行代理店やセールストーク系の話し方の人達に多い。

あの返事、私は恥ずかしいと思う。

フレンドリーでもなんでもない上、あまりお利口な感じがしない。

敬語を変にくずすのは止めた方がいいと思う。

 


8/25

雨が続くと蟻が新しい巣を作り始める。

蟻達は、よさそうな場所を探して歩き回る。

スニーカーの中、バスタオルの中、棚の上に置いた空き箱の下など、

普段は蟻と無関係な場所が蟻だらけになります。

働き蟻は、夜中も眠らないで歩いている。

早番、遅番などのシフトはあるんだろうか?

みんな名札とかつけていないのでわかりません。

台風はやっと去った。

34時間暴風圏にいたようです。

 

台風とにわかぶしんの蟻の列  玉簾

 

 


8/24

午前9時頃、58.6m/sの吹き返しを観測。

「30km/h」だった台風の速度は、どんどん下がり、

石垣付近でついに「ゆっくり」という表示に変わった。

想像するにこれは、おじいさんのお散歩自転車乗りの速度である。

そんな速度で「25m/sを標準」として「ときどき40m/sぐらいの強風」を

そしてたまに「60m/sの突風」を吹き付けられ続けたらたまらない。

昨日のお昼からずっとこんな状態が続いている。

夕べ夜中3時ごろ、平和な静けさに目覚め、

「あ、やっと過ぎたかあ。良かったあ、」と喜んでまた眠った。

ところが早朝6時頃に、また猛烈な暴風が始まった。

台風の目に入っていたようだった。

今のところ雨漏りはない。

家の修復は細かいところまでまあまあうまくいっているようである。

うう、しかしなんて足の遅い台風なんだろう。


8/23

また台風である。なんか最近毎週来ているような気がする。

別にしょうがないんだけれど、できればもう暴風行為は止めて欲しい。

前の台風で破けて痛んだ葉っぱも丁寧に治療してやっと新芽が生えて来たと言うのに。

さっき、近くで38m/sの突風を観測したらしい。

17号は直撃コースでこちらに進んでいる。

だんだん西よりにコースを変えて足も遅くなって来た。

この後台北に行くらしい。

時速20kmで960hPaであれば、今まで何度もやり過ごして来た勢力なので

そんなに心配はないけれど、翌日の掃除をするのがもうほとほと嫌になってきた。

雨戸を閉めたり 開けたり、洗濯物の竿を下ろしたり 上げたり、

飛びそうなものを縛ったり 重しをしたりと、大変忙しいのである。

台風の季節が過ぎたら今度は東側の壁の修復とペンキを塗る予定。

足場を4段組むので本格的な塗装作業になるだろう。

 


8/22

先日、久々に短期入院してみて思ったが本当に身体が疲れている人は、温泉や旅行などより入院が良いと思う。

入院なら旅館の仲居さんがお茶菓子を運んできて御挨拶をするかわりに

看護士さんが、脈、血圧、酸素、熱などを計ってくれるし、ごちそうは出ないにしろ

「ベッドに座ったまま食事する。」というお行儀が悪いことも許され、

食事後すぐにゴロゴロしたって「牛になるよ。」とか「まあ!」なんて言われる事もないし。

私のいた病室は、小児科病棟と産科病棟の境目にあって、この部屋は、観察入院の人や救急で入院決定になった

人が集まる「とりあえず短期の人はここ」という感じの部屋だった。

豊年祭で疲れて肺炎を起こしたご老人や、結石があって痛みがひどい人などいろいろな人が居た。

隣は寝たきりの御老人男女のお部屋で、その向こうは子供の病室、

そしてその隣は、また御老人専用の病室となっており、新生児から老人までワンフロアーに入り乱れていた。

途中で同じ部屋に入って来た女性は、大変騒がしい人でそのお友達もえらい騒がしく、

無駄話を腹式呼吸のしっかりした声で長々続けた。

その友達が帰ると、その人はすぐに眠りはじめるのだが、今度はすごいいびきだった。

その人は起きていても寝ていてもうるさいという事が判明。

これでは、療養の為に入院した意味がないので向いの部屋に変えてもらった。

看護士さんも彼女のいびきの事を気にしてくれていて、部屋替え計画は順調に行われた。

その部屋からは空や山が見えて、牧場経営者が開いた焼肉レストランの灯りも見えたので

いつも焼肉の事を考えていた。私は、未だ高価な石垣牛を食べた事がない。

「今度絶対に食べに行こう。」と病室で固く決心したのに、退院と同時に別にどうでもよくなってしまった。

ストイックな環境は、普段忘れがちであるいろいろな事を思い出すのによい。

たまにはこうやっていろいろな人に心置きなく身を任せてお世話になるというのも良いと思った。

何よりも良かったのは、あまりにも調子が悪くてどうしようもなかった体調が再び、元通りになってきた事である。

今回の激務と入院によって自分の「精神的、肉体的な限界点」がどれくらいか解ったので

もうこんな無理は絶対しないしお断りする事に決定。

 


8/21

今晩は「南の島の星まつり」があった。

20:30〜21:30まで市内の電気を消して星の観察をするのだ。

このイベントはいい企画だと思う。

私達が普段頼り切っている電気を故意に消すという行為は、

意識的にも、無意識的にも、どうでもいい人にも、子供にも、若者にも、中年にも、老人にも、旅行者にも

良い教育であると思う。(えらそうな言い方だわ)

大勢の人が協力しあって、自然の事を考える時間を共有するのはいいよね。

だって、太陽も月も緑も(以下省略)、自然はいつも私達に平等でいてくれるんだから。

こんなふうに、すべての人が平和と平等について考えられたらどんなにいいだろう。

 


8/20

近所の家の解体は今日も進んでいる。

屋根瓦は、瓦職人さんがはずしてもって行った。割れ瓦をもらって花壇の周りなどに置く。

解体は大変丁寧にすすめられている。ゴミの仕分けもきちんとしていて、ここの業者さんはえらい。

監督、指揮をしている人が多分社長さんで、具志堅用高に似ている。

玄関にあったモダンなデザインの窓(小さな窓の集合体の形)は、

もし今、特注したらかなり高値であろう。この家は多分築50〜60年程だろう。

木がちょうど良く痩せて古くなった窓の趣きが大変良い。

わたしのように欄間の細工やガラスをほしがる人は皆無のようだ。

新しいアルミサッシの窓や、エアコン、ボイラー、蛍光灯などは

使い道があるので業者さんが持って帰ることになっている。

途中、アンティークものを集めて商売している人も来たが

「ああ、ここはもう持って帰るもんなんかないね。」と言い帰っていった。

わたしにとっては、宝の山みたいなものなんだけれど。

古い壊れた木の椅子2個と、小さなガラス製の戸棚などももらった。

みんな修理して色付けしたら使えるものばかりである。

アンティーク家具店で売られているのはみんなこのようなものを修理しなおした物である。

ちょっとした工具とオイルステイン、ペンキ、ニスなどがあれば立派な家具に生まれ変わる。

昔の建て具に使われている木は木目がつまっていて、安物の杉にしても

今はもう買えないようなきれいな木目のものが多い。


8/19

毎日少しづつだが、家の改装が進んでいるので、

途中で様子を見たり、少し手伝ったりしているので忙しい。

今朝は、お向かいの古い瓦屋(赤瓦の家)を解体する為に業者さんが来ていた。

明日には更地にしてしまう事を知り、使えるガラスや建て具をいただく事にした。

建て具などを運んでいる内にあまりの暑さと湿度で熱射病のような感じになってしまった。

まだ過労が十分回復していない為、身体がついていっていないようだ。

全部壊しちゃう前にやってしまおうと思ってがんばったのだが、

今日は朝からカンカン照りで、湿度も高く猛暑だった。

しばらく身体を冷やして御飯をたべたらよくなった。

とても暑いのですよ。

  


8/17

ふたたび家の修復作業を開始する。

去年北側の壁面のペンキ塗りを一人でやったが、手が届かなかったところを

Sさんに頼んでやってもらっている。

いつも見ないようにして来た隅っこまできれいになっていくので大変気持ちが良い。

私は、秋になったらさがり花を植えたいので庭の剪定と大掃除をしている。

Sさんは小学校5年生の息子を連れて仕事に来ている。

息子くんはお父さんの仕事が終わるまでその辺で遊んでいるのだが大変暇そうなのだ。

夏休みの自由研究の植物標本を作る事を提案したら本人もやる気になったので二人で作る。

テーマは「沖縄の家の庭の植物」というお手軽なものに決定。

庭にある植物をスケッチブックにセロテープでどんどん貼り付けて

名前と特徴を書いていく。

例えば

ハマサンショ:さしみにかざるとよい

オオタニワタリ:新芽は煮つけの天盛りによい

ニチニチソウ:スズメガの幼虫の大好物

タイワンモミジ:きみどり色の葉が光に透ける様(さま)いとおかし

.......とか。

特徴は私が言うのを息子君がそのまま書く。

いい加減なようだが、全部本当なのでそれでいいにする。

植物図鑑にのっていない事を書いた方がきっと面白いだろう。

提出するのは息子君なんだし。

とにかく、スケッチブック一冊を全部埋めた。

こういうのは、数で勝負なのだ。

やり終えた後は、昔得られなかった「宿題をさっさと片付けた充実感」を味わえて爽快だった。

  


8/16

午後、ちょっとした買い物に出る。

徒歩1分の距離に商店街があるのに、全く入らないお店もあるのでちょこっとのぞいてみる。

いつも行く焼き物とガラスのお店で手書きの「オオゴマダラ」のマグカップを買った。

私は、ガラスは大好きなのだが、焼き物は大抵安い骨董品にしかお金を使わない。

そのカップは作家ものなので高かったけれど、「いいよ、だってあんなに働いたんだもん。」と思うと

平気だった。その後、ふらりと古い文房具店に入る。

私が初めて石垣に来た頃、もうすでに古い気配がしていた文房具店だ。

日記用のレポート用紙をよくここで買った。21才の頃の話なのでとにかく昔の事なのだ。

お店の隅々までよく見てまわる。年老いた店主は、もう新しいものは仕入れる気はないようだ。

並んでいる品物は、私が初めてこのお店に来た頃からあるようなものが大半を占めていた。

今ではもうレトロ感漂うセルロイドの印鑑入れや、なんてことない磁石、糸切リ鋏、理科用の定規、カード立てなどを買う。

「こんな古い物、全部で1000えんでも高いよ。」というような品物を当時の定価で買った。

タイムスリップして買い物をしたようで面白かった。

そういうお店は、店番のお年寄りがいなくなってしまったらなくなってしまう。

いつなくなってしまうかなんて事は考えず、私は、そのお店はいつでもそこにあると思っている。

そしてある日突然、そこが更地になっているのを見てショックをうける。

今までそうやって、いくつもいくつも好きな建物が消えていくのを見てきた。

近い内になくなりそうで心配な建物が他にもいくつかある。.

 


8/15

お昼TVで「火垂るの墓」が放送されていた。

何度見ても泣いてしまう。(;へ\)

 


8/14

台風が去り、崩壊した庭の草花の剪定と治療に専念する。

今日は、風が強かった。

秋が近づいて来ている。

半年ぶりに自分の庭の手入れをしているが、とても楽しい。

疲れがどんどん治っていくようだ。


8/11

 

さるすべり雪の花だと思ふなり  玉簾

 

 


8/5

よっしゃ!

やっとデジカメを買った!

長い間、どれにしようか迷っていたけれどこれならよさそう。

ちょっと大きいけれど、価格的にはこれでいい。

この上のランクになると10万〜16万とかになってしまう。

私にはそんな贅沢品は必要ないもの。 

でもこのカメラの性能は、聞いたところによればA4の印刷までなら

問題なく原稿として使えるという上等デジカメなのだ。

 早く届かないかなあ。。。

 


8/4

一時帰宅。

八月だから戦争関係のTV番組が増える。

この時期のNHKの特集は内容が濃い番組が多い。

一昨年だったけ、野坂昭如が「火垂るの墓」のエピソードを話していたのを見た。

妹を大八車に乗せて火葬場に引いていった坂道にもう一度立ち、

当時の自分の背丈と体力をシミュレイトしながら記憶を追って語っていた。

今日は、沖縄戦のTVドキュメンタリーを見た。

当時の事を語る人達は「あの時は涙なんか出なかった。」と遠い目で言うが

乾いて枯れた言葉で話す彼等の目は、決して乾いてなんかいない。

沖縄戦に巻き込まれた人達のほとんどは、貧しい人達で、

王族系や官僚系の人達の多くは、九州などに早々疎開して助かっていると聞く。

疎開組は、沖縄戦の凄まじさを知らないし、

人によっては「自分に凄惨な戦争体験がなかった事」を(こともあろうに!)自慢にすらしている。

「私達は身分が高いから助かったのよ。」と平気で言う人に会う度に

その無神経なネオコン的発言に怒りを感じる。

戦いでは、いつも弱いものから死んでいく。

アフガンやイラクで今起きている事と沖縄戦で起きた事にどんな違いがあるだろうか。

なんで何回も何回も戦争するんだ?

 

 


8/3

死んだ様に眠る。

これ以上眠ると腰がいたくなりそうなので起きる事にした。

石垣は豊年祭でみんな忙しいのだろう。

病棟は静かで良かった。

 


8/2

悪いところを治療してもらう。 そして眠る。

 


8/1

やっぱりからだをこわしてしまった。

入院することになった。

2泊3日療養の旅である。

お医者様に「できれば3泊4日にしてください。」と申し出てOKをいただく。

おーし、眠るぞーーーー!!