200平成17  927曜日

平良市が「閉市式」/宮古島市へカウントダウン

1-1.jpg (25624 バイト) 平良市、城辺町、伊良部町、下地町、上野村の宮古五市町村合併により十月一日に宮古島市が誕生することに伴い、平良市(伊志嶺亮市長)の閉市式が二十五日、マティダ市民劇場で挙行された。会場には市民らが多数参加して、五十八年にわたった市制に思いをはせながらその歴史に幕を下ろし、宮古島市の発展に期待を込めた。同市の閉市式で、五市町村の「閉市」「閉町」「閉村」の式典はすべて終了し、三十日の各市町村庁舎の「閉庁式」を残すのみとなった。各市町村とも移転作業など合併に向けた最終確認に入る。
 第一部の式典は、下地学助役の開式の辞の後、平良市少年少女合唱団がリードし、出席者全員で市歌を斉唱した。
 式辞で伊志嶺市長は「平良市の歴史は幕を閉じることになるが、先人たちが築いてきた歴史や伝統・文化などを次世代に引き継いでいくため、私たちの果たすべき役割は重要。合併を契機に、すべての市民が心を一つにし、将来を担う子供たちが夢と希望と勇気を持てる宮古島市づくりが実現できることを心から願っている」と述べ、平良市の歴史を築いたすべての人に感謝を込めた。
 同市議会の池間青昌議長は「三位一体改革で地方を取り巻く環境が厳しさを増す中、市議会は市民にとって何が最善策なのか検討を重ね、市町村合併という道を選択した。『平良市』という名前がなくなることに寂しさを感じる市民は多いだろうが、閉市式は終わりではなく、住みよい新市の街づくりに向けた出発の時だ」と述べ、新市の発展を期待した。
 引き続き地方自治や社会福祉、教育・スポーツなど各分野で功績のあった団体を伊志嶺市長が表彰。また稲嶺恵一知事の来賓祝辞を県宮古支庁の兼城克夫支庁長が代読し、「今日の平良市の繁栄が築かれたのは市民の努力のたまもの。新市においても、市民一人ひとりが生き生きと暮らせるよう、さらなる発展を遂げることを期待する」と述べた。
 さまざまなアトラクションが用意された第二部は、冒頭、過去の歴史を振り返るビデオが上映された。サラ台風が来襲した当時の被害の様子や、戦後の懐かしい町並みの様子がスクリーンに映し出されると、年配の人は懐かしそうに、若い人は珍しそうに映像に見入った。
 このほか劇団「びっくり箱」による詩の群読や市内四保育所の園児による「童のクイチャー」、「ひらら大学受講生」の高齢者らによる三線の合奏が披露されたり、方言大会出場者らが登壇してそれぞれの思いを語ったりと、多彩な催し物が訪れた市民を楽しませた。

 写真説明・大勢の市民、関係者が出席し、「平良市」の歴史を振り返った閉市式=25日、マティダ市民劇場

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宮古羽衣会が全国準V/GG交歓大会 初出場で快挙

 静岡県島田市で開催された第十八回全国グラウンドゴルフ交歓大会(主催・日本グラウンド・ゴルフ協会など)に、県代表で出場した宮古羽衣会が二十四日の団体戦競技で全国の並み居る強豪を抑えて見事、準優勝に輝いた。
 宮古羽衣会の砂川徹雄会長は「全国初出場で準優勝。みんなが県代表として恥をかかないように頑張り実力以上のものを出した。大変喜んでいる」と喜びを語った。
 宮古羽衣会は六人の合計打数が216。優勝したチームと同打数だったが、大会規定により最少打数者のいるチームの勝ちとなった。
 同チームは鳥取県内の交流会に参加し、十月二日に帰島する予定。
 出場選手は次の通り。(敬称略)
 ▽砂川徹雄▽古謝清栄▽浜元正義▽山崎光見▽下地盛長▽下地博子▽下地幸子

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11月19、20日に開催/第28回宮古の産業まつり

 二〇〇五年度宮古の産業まつり実行委員会(会長・中尾英筰沖縄宮古商工会議所会頭)が二十六日、県宮古支庁で開催され同委員会が主催する「第二十八回宮古の産業まつり」を十一月十九、二十の両日に上野村のうえのドイツ文化村で開催することを決定した。
 委員会は兼城克夫宮古支庁長、伊志嶺亮平良市長、川満省三下地町長ら関係者が出席して行われ、中尾会長は「二十八回目を迎える宮古の産業まつりも市町村合併で宮古島市として初の開催となる。これまで以上に盛り上げて素晴らしいまつりにしたい」とあいさつした。
 また、同委員会の設置要綱についても協議され、市町村合併に伴いこれまでの五市町村が「宮古島市」となることから、これまでの「沖縄宮古商工会議所」も「宮古島商工会議所」の表記となることなども確認された。
 そのほか、前回の産業まつりにおける効果と実績、問題点なども示され、問題点としては県の行政改革や合併で予算確保が厳しい状況であることから、将来のあり方について関係団体の協力体制強化や他のまつりとの合同開催検討の必要性なども挙げられた。
 開催日については、合併後の新市市長選が十一月十三日に実施される予定であることなどを考慮して、宮古島市の市長が誕生した翌週の十九、二十の両日に開催することとなった。

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「なりやまあやぐ」 歌碑建立/発祥地の友利に

4-1.jpg (24533 バイト) 「なりやまあやぐ発祥の地」と記された歌碑は、奥濱会長や仲間克町長らが除幕してお披露目され、獅子舞奉納による厄払いが行われた後、地域の民謡グループ「なりやま会」(砂川武次郎会長)が「なりやまあやぐ」を合唱。イムギャーの青い海に、人々の歌声と三線の音色が誇り高く響いた。奥濱会長は「友利部落、宮古全体の誇りとして長く人々に語り継がれることを祈る」とあいさつを述べた。
 民謡「なりやまあやぐ」は、宮古の人々に広く親しまれている教訓歌。城辺町友利地区では、同地区で一八五九年に生まれた佐久本武佐さんの歌であることが言い伝えられてきたという。しかし、明確な根拠を欠いていたため、昨年十月、奥濱貞夫さんを中心に調査委員会を結成し、聞き取りや資料収集を行って調査を進めてきた。その結果、佐久本さんが五歳のころの一八六四年にはすでに歌が存在していたとみられるが、成人した佐久本さんが子供を戒める意味でこの歌を歌ったことから叙情的教訓歌として庶民に定着したことが推考された。さらに一九六〇年、友利實功さんが琉球放送ラジオ主催ののど自慢大会で歌った際に、初めて広く世に出たという結論を得た。
 歌碑の石材は御影石を採用。式典・祝賀会を含む建立費総額は、有志による寄付金の三百万円となっている。

 写真説明・奥濱会長(右列奥)らが「なりやまあやぐ発祥の地」の碑を除幕し、お披露目した=25日、城辺町友利のイムギャーマリンガーデン

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「広報みやこじま」完成/合併後、2万3000世帯に配布へ

5-1.jpg (27731 バイト) 平良市、城辺町、伊良部町、下地町、上野村が合併して十月一日に誕生する「宮古島市」の広報誌、「広報みやこじま」の第一号が二十六日までに完成した。合併後の約二万三千世帯に配布される。市民の笑顔が表紙を飾り、ページをめくると、合併後の各庁舎の業務分担を中心に紹介されており、さながら「宮古島市の手引き」といった内容だ。
 第一号は宮古島市役所の案内が中心。旧平良市役所が「宮古島市役所」となり、旧城辺町、旧伊良部町、旧下地町、旧上野村の各役場はそれぞれ、同市役所の「城辺庁舎」「伊良部庁舎」「下地庁舎」「上野庁舎」となることや、それぞれの庁舎に配置される部署、それぞれの庁舎で可能な手続き内容などが表で示されている。また、各部課の新たな電話番号も併せて記載されている。
 制作に当たった平良市広報係の井川尚子さんは「今回は旧市町村単位の話題も盛り込んで仕上げた。次号からは新しい企画も考えていきたい」と話した。

 写真説明・このほど完成した「広報みやこじま」

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   豪華客船内を見学/下地中1年生

6-1.jpg (31406 バイト) 台湾と国際交流を行っている下地町立下地中学校(川上哲也校長)は二十六日、台湾からの観光客を乗せた大型クルーズ船「スーパースタージェミナイ号」(一九、〇九三d)の見学を行った。一年生三十七人が参加。操縦席やショークラブ、免税店など一階から七階までの各階をめぐり豪華客船内を見学し、ひとときの乗客気分を味わった。
 ダンスやライブなどが行われるというショークラブでは、広い室内に驚いた様子ながらも落ち着いた雰囲気を堪能。最後は船長に感謝の気持ちを込めて折り鶴を張り付けた手作りの色紙を贈り、航海安全を願った。石嶺かな恵さん(一年)は「初めて乗船したけどとても豪華。操縦席が一番すごかった。一度でいいのでこの船に泊まってみたい」と話し、乗船を喜んだ。

 写真説明・操縦席を見学する生徒たち。初めて乗船する豪華客船に歓声を上げた=26日、スーパースタージェミナイ号

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