ぺん遊ぺん楽



「オペラ座の怪人」


国仲 洋子(くになか ようこ)


<2006年03/18掲載>

 去年、話題になった洋画「オペラ座の怪人」は、世界各地で長年にわたり上演され、大ヒットロングランを続けているミュージカルの映画化である。私も映画を観て、スケールの大きさと華やかさに魅了された一人。
 『パリ、1870年代。オペラ座には怪人・ファントムと恐れられる謎の人物が住みついていた。決して姿を見せないファントムを、亡き父が授けてくれた音楽の天使≠ニ信じひそかに慕ってきた踊り子のクリスティーヌ。幼馴染みのラウルと恋仲になったクリスティーヌは、二人の仲を嫉妬するファントムにオペラ座の地下深く連れ去られる』美しいヒロイン・クリスティーヌに恋焦がれる怪人の異様な姿。素晴らしいオペラの歌声。豪華絢爛なパリのオペラハウスを舞台に、ロマンとサスペンスに彩られた物語が展開していく。観客を魅きつけ最後まで飽きさせない映画だった。だがこの究極のラブストーリー、たんなる男女の恋物語だけではない要素が溢れているように感じられる。
 一番印象に残っているシーンは、嫉妬と怒りにかられた怪人が、クリスティーヌの恋人ラウルを絞め殺そうとする場面。その時クリスティーヌは、動揺するでもなく恋人の命乞いをするでもなく、ただ悲しげにそっと唇を寄せる。愛する女性から優しいキスを与えられる醜い顔。次の瞬間、怪人の表情が変化する。それまで獣のように猛々しく荒れ狂っていた顔が、ハッと正気に戻り人間のものへとかわっていった。そして「ゆけ! 早くここから立ち去れ!」と言い放ちクリスティーヌとラウルを逃がす。哀しいほどに愛情を渇望し必要とした人間の姿が、あの短いキスシーンに表現されているようで切なくなった。
 帰りの車中で、映画の余韻に浸りながら、心理学の本で読んだ言葉をふと思い浮かべてみる。愛に飢えていた怪人の心を理解する鍵が、心理学者の言葉にありそうで無理やり結び付けてみた。『愛されるという経験は人間形成の重要な要素であり、人間が人間であるために、人は他者からの愛情を必要とする』(杉田峰康「自己分析」より)。子供のころから、外見の醜さゆえ誰からも愛情を受けられなかった怪人・ファントム。クリスティーヌに強く惹かれながら愛し方を知らない彼は、常軌を逸した行動と歪んだ愛情表現に走り、自分をコントロール出来ずに苦悩した。幼い時に受ける愛情は、人間形成に大きく影響する―といわれる。人は周囲から愛情を受けることで愛し方を学び、他者を愛する事ができるようになるのだという。
 怖くて美しい物語とオペラに酔いしれつつ、もしかするとクリスティーヌからのたった一度のキスこそは、怪人に人間として生きるための大いなる力を与えたのではないか? また、人は誰でも心の中に、怪人と同じような孤独と苦悩を抱えているのでは…? などと、思いめぐらせながら家路に着いた。

(宮古ペンクラブ会員・看護師)


 
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