ぺん遊ぺん楽



ミミズの歌
     

垣花 鷹志
(かきのはな たかし)


<2005年10/12掲載>
 私は時々夜更けて近くの川辺でオカリナを吹く。ミミズやコオロギ、色々な虫たちが伴奏してくれる。時折牛蛙がゴーゴーとコントラバスを受け持ってくれる。泥にまみれ口がどこにあるか分からないあの体のどこからあのような清らかな音色が奏でられるのだろう。
 私は罪を犯した人たち、非行少年たちの更生を手伝う更生保護という仕事に四十年近く携わってきた。定年前は心や体に問題のある少年を収容している医療少年院からの仮退院を決める仕事をしていた。この中には近所の幼馴染みの小学生を殺して首を切断し中学校の校門に晒したあの酒鬼薔薇聖人がいた。院長と会うたび、この少年にどのようにしたら人間の心を呼び戻すことができるのだろうかと話し合ったものだった。
 その頃ピンナギ(変な)事件の少年の仮退院申請が上がってきた。野良猫を公園の木に頭を叩き付けて殺しその首を切って口に自分をいじめたという先生あてのメッセージを口に銜えさせて中学校の校門に晒したという事件だった。彼は酒鬼薔薇聖人を崇拝していた。自分のスリッパを脱いで並べ土下座してこれに唾を吐いてくれと頼んだりしていた。この事件はその崇拝の気持ちから彼を真似てのものだった。「先生、野良猫を殺して何故悪いんですか。ゴミ掃除と同じじゃないですか?」、「先生、何故人を殺してはいけないのですか?」とすまし顔で質問していた。唖然としている私に「先生、それ何ですか?」と私の首の傷だらけのオカリナを指さしてきいてきた。
 オカリナは土をこねて焼いて作った陶器である。土の種類、こね方、焼き上げる温度によって音色が一つ一つ違う。吹く時ふさぐ穴も勘が頼りだから音程の確かなものにもなかなか行きあわない。今の世に楊貴妃を求めるようなものである。そのこの世に一つしかないオカリナがラーメンを食べようとしゃがんだ刹那テーブルの角にぶつかってしまい、粉々に砕けてしまった。その時の悲しい気持ち、それでも諦め切れず、指先に唾つけて、カケラ一つ一つ拾い集めてボンドでくっつけてこうして首にぶら下げて歩いていることなど傷の由来を話した。「あなたという人間はお父さんの三億の精子の中からたった一匹が勝ち抜いてお母さんの卵子に出会って生まれたかけがえのない命なんだよ。人の命も猫の命もこのオカリナと同じ、この世に一つしかないオンリーワンなんだよ」と話してあげたりしながらオカリナを吹いてあげた。次の作文はそれを聞いての少年の感想文である。
 「今日、面接の時委員の先生がオカリナを吹いて下さいました。オカリナという楽器はどんなものか知っていました。しかし、何でできているかは知りませんでした。それにいろんな形のオカリナも見せてくれました。先生はいつもオカリナを首にぶら下げているそうです。オカリナが壊れてしまった時もあってこなごなになったオカリナを拾って一つ一つボンドでくっつけて直したそうです。すごいなと思いました。直したオカリナはキレイな音でした。私も少年院に来る前のこなごなだった心をここで一つ一つ大切に直していって退院する時にはキレイな自分になれるよう頑張ります。オカリナを通してそれを教えてくれた先生、ありがとうございました」。
 この作文を読みながらふと泥の中から聞こえてくるあのミミズたちの歌のことを思った。

  (宮古ペンクラブ会員・琉球大学非常勤講師)

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