ぺん遊ぺん楽



観光資源としてのマズムヌ


伊良波 盛男(いらは もりお)



<2005年08/24掲載>
 マズムヌはマジモノ(蠱物)の転訛であるが、このマジモノについて『広辞苑』には「災厄が人に及ぶように神霊に祈祷すること。また、その法術。祝詞。大祓詞。人を惑わすもの。魔物」と叙述されている。その類似語に池間方言のイッダマ(生霊・生魂)があり、その意は、恨みをもつ人に対して呪いをかけることである。
 マジモノについて、上田秋成の『雨月物語』(巻之四)の「蛇性の婬」に、次のくだりが見られる。

 この祈祷僧は鼻高々と、「そういう蠱物を取り抑えるのは、何のむずかしいこともありません。どうぞ落ち着いていられるがよい」と、たやすげに言うので人々はほっとした。

 この『雨月物語』ではマジモノは人にとりついて災いをもたらす憑物と考えられているが、このマジモノ退治は困難ではない、と祈祷僧(法師)が諭している。マジモノとは憑物のことである。池間島でもマズムヌといえば、なんらかの精神的災いをもたらす魔性のモノのイメージが強いが、妖怪や化け物をさすこともある。
 池間島が離れ小島時代にはマズムヌの出没地域がいたるところにあった。子供たちは、その地域にさしかかると、いざ全速力で駆け抜けた。成人しても、ひさびさに帰省しても、その魔の地域に通りかかるとトラウマが浮上して背筋が寒くなった。
 子供の頃、そのマズムヌをアウダウ(青道)地域で生け捕りにしたという四方山話を小耳にはさんだことがあったが、これらの風聞は時の流れに流され、いつか風化してその真偽は闇に埋もれたままである。
 アウダウという海浜地域は、島北部とマイバイ・トゥガイ(前南風崎)根元の西側の二カ所確認されている。その海浜をアウダウ・ヌ・ヒダ(青道の浜)といい、沖合いに向かって青々とのびる底深い水路の澪がある。
 そのアウダウには悪天候の日にマズムヌ・フニ(魔物の船・幽霊船)の出入があるといわれた。その幽霊船はその深い澪を通って岸辺にたどり着き、マズムヌたちがガヤガヤと騒いだらしい。その受け取り方は人によってまちまちのようだが、ウスカディ(押す風・強風)の日の自然現象だとか、皆目解らない難解語を話す異人(外国人・大和人)の話し声だとか、その風聞を民間伝承として記憶にとどめている。
 この私は、マズムヌに出逢ったことはないが、幽霊にはよくお目にかかった。その幽霊に対しては、恐怖心はない。幽霊は、話しかけると消えてしまう。目を開けている幽霊も目を閉じている幽霊も存在する。色彩的には白黒が圧倒的に多いが、豊かな色合いの幽霊も妖精も出現することがある。
 世界的な音楽家エンヤのふるさとアイルランドのいくつかの地域に「妖精出没」の看板が立っていた。私が早稲田大学オープンカレッジで「アイルランド文学」受講中にビデオ教材でその地域と看板が紹介されたことがあった。ところが、じつは誰一人としてその妖精を見たことがないというのだ。それでも観光客や旅人は、そのファンタジーを楽しみ、妖精との遭遇を夢見てアイルランドに出かけるというのである。
 池間島でもマズムヌ出没地域に「マズムヌ出没」と大書した看板を立て、「池間島マズムヌ・マップ」も作成して広く宣伝すれば予想以上の面白い効果を生むかもしれない。幽霊やマズムヌとの共存共栄こそが望ましい自然環境といえるのだ。

(宮古ペンクラブ会員・池間郷土学研究所 代表研究員・詩人)

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