ぺん遊ぺん楽


手指の感覚

長堂 芳子
(ながどう よしこ)


<2005年02/09掲載>
 乳ガン検診を受けた。これまでも定期的に何回か受けてきてはいるが、女性の先生は初めて。年の頃は、卒後3、4年位かなという感じの可愛らしい先生。「乳ガンの可能性がありますね。超音波が反応します。こういうのは、超音波でないとわからないですよ」。彼女は、超音波の機械でジェルを塗った胸を何度も往復させながら、そう言い切った。そして、結局、私の胸を1回も触ることなく乳ガン検診は終わった。

 今までの乳ガン検診でこういうことは無かった。背中に枕木のようなものをあてて仰向けになりしっかり胸を反らせてから触診したり、あるいは座ったままで触診したり、基本はやはり触診であった。触ってわからない位小さな乳ガンは、レントゲンや超音波で判定した方がいいとは知っていても、なんだかすっきりしないものを感じた。

 機械で疑わしい結果が出たとしたら、それを直に触って、しこりの大きさや場所、弾力とかの感触も確かめるべきではないだろうか。触ることでしか得られない情報があるはずだ。それさえもしなかった医者としての彼女の行く末を案じたのだ。私がすぐさま、他の病院でマンモグラフィ(乳房エックス線撮影)で再検査してもらったのはいうまでもない。ちなみに、再検査してもらった病院では、きちんと胸の触診もした。

 歯の治療でも、歯の神経の治療で根管長測定器(こんかんちょうそくていき)という機械を、日常的に使う。分かりやすくいえば、歯の長さを測る機械だ。虫歯が歯の神経まで達して、歯の神経を取ったとする。すると、そこは空洞になるから、最終的には神経の代わりのもので埋める必要がある。そこで、正確な根の先までの長さを知らなくてはならない。その長さを測るために使うのが、根管長測定器。目に見えないところの治療は、こういう機械の助けも借りながら行わないと難しいのだ。

 ところが機械も万全ではないから、最終的な判断は人の経験と感覚に負うところが大きい。歯のレントゲン写真と組み合わせたり、いくつかの情報を組み立てて判断力を養っていく。私もこの機械に騙されながら、何度も失敗しやりなおして、機械の読み方を収得してきた。機械には頼るけど、使い方は心得ないと間違った判定もおかしてしまう。今では以前より、機械の読み方はうまくなったと思う。機械の反応に「あれ?」と疑問を持つのは、何と言っても手指の感覚。言葉ではうまく表現出来ないが、最後に頼るのは、この微妙な感覚なのだ。つくづく、歯医者というのは職人なのだと思う。

 精度の高い機械が、どんどん開発され臨床に取り込まれてくる。人が出来ないことを機械は難なくやってのける。だが、最後はやはり人かなと思う。人でしか出来ないことがまだある。色んなものに触れたくさんの人に触れながら、手指の感覚も心の感性も高めていけたらなあ、と欲張って思う。

  (宮古ペンクラブ会員・歯科医師)

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