ぺん遊ぺん楽


ファンタジー島

花城 千枝子(はなしろ ちえこ)


<2004年10/27掲載>
 いまはむかしの話。
 「あのまーるいお月さまをとって」と、おねだりする幼子に親はタライに水を張って、満月を取って(写して)あげたそうな。
 タライの水に写る被写体の満月は、そのままの形であるが、心に写る被写体は十人十色の形になるようである。

 10月初旬、大神小中学校の運動会に多くの人と連れだって参観させてもらった。島にいる間、同行の5歳児の男の子は、時々思い出したようにたずねた。

「(ここは)オオカミシマ?オオカミ?」
「そうじゃなくって、オオガミジマだよ」
「でもやぎさん、いるでしょう?」
「どこかにかくれているかな」
「これはなに?」と、指差すので答えた。
「井戸です」

 彼は、「おおかみと7ひきのこやぎ」を思い出している様子。そしてその目線の先を見ると、若かりし頃の目鼻立ちの整った顔立ちを彷彿(ほうふつ)させるおばあさん。その方に箒(ほうき)にまたがる姿を重ね合わせて、おぼろげにでもグリムの童話の世界を心に写している…。

 そう思いながら、海から突き出ているいくつもの小さな岩々に目をやると、そのひとつに人魚姫の姿が見えるような気がした。
 キャプテンキッドの秘宝も島にあるとかないとかの話も小耳にはさんだこともあったが、エドガー・アラン・ポーの世界をこの島で心に写した人もいたのであろう。
 また、仏縁ある人には仏のスピリッツが、村の祭祀や神事に関わる人には村の神のスピリッツが各々の心に写る(らしい)…。
 そしてまた、360度の視界で、七色に輝く海と星降る満天の星空に、宇宙像を心に写す人もいるようである。
 大神島は独特の神話的雰囲気と神秘性を秘めていて、訪れる人の心次第で幾様にも写されるファンタジー島。

 運動会では、やけに「大」の字が目立った。「小さな島の大運動会」、「大勢の来賓」「大漁旗」、「大神島」などであるが、4名の生徒さんたちの存在がなによりも大きく見えた。
 復路の船に乗る前、島の頂にも登った。年中風雨に晒(さら)され、岩にしがみついて生えているハイマツならぬハイガジュマルが、島に生きることの厳しさを物語っていた。そのガジュマルに、島に生き抜いて島を守っておられるお年よりの深く刻まれたシワが、重なった。

 島が島である所以は、島の自然であることは当然のこと。だがもっとたいせつなのは人、人の息吹、人の暮らしの営み。人がいなければ、ファンタジー島の大神島はただの島。
 その日、台風22号の余波で波が高かったが、島の宝の生徒さんのために行革、財政逼迫(ひっぱく)の波だけは島に届かないでと、心の中でつぶやきつつ島を後にした。

   (宮古ペンクラブ会員・保育園園長)

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