ぺん遊ぺん楽


修 行

仲原 かおる(なかはら かおる)


<2004年07/30掲載>
 テレビの料理番組でイタリアに取材に行った時の事。イタリア各地の五つ星レストランをいくつも訪ねた。私が驚いたのはどの店でも日本人をはじめ、各国からの見習いが働いているという事。遠い異国のレストランの厨房で、もくもくとその国の味を学ぼうと努力している若者たちの姿に圧倒された。

 コックの白い制服に身を包んだアメリカ、スウェーデン、日本などからの見習いが、デザートの係、パスタの係とそれぞれに腕を磨いている。肉を触れるのはメインシェフだけ等など、決まりはたくさんあるらしい。

 メインシェフの掛け声で、次々と、丁寧に、しかも手際良く、料理が完成されていく。五つ星の伝統はメインシェフとその弟子たちの絶妙なチームワークによって守られていた。

 巨大な鍋から湯気が沸き立っている。シェフがソースはまだかと怒鳴り声を上げる。日本人の弟子が片言のイタリア語で「プロント!(できました)」と叫びながら、茹でたてのパスタをシェフに運ぶ。盛り付けはメインシェフだけが担う事の出来る仕事。他の見習いたちは、野菜を切ったり、スープをかき混ぜながら、横目でそれを見ている。「テクニックは教わるものじゃない。盗むものなんだ」とはシェフの信念である。熱い熱いキッチンであった。

 「がんばれよー!」

 一生懸命に働き学んでいる人の姿は眩しい。私は、キッチンの隅で邪魔にならないように取材しながら、彼らにエールを送った。

 レストランのオーナーシェフが言った。「イタリア人で見習いになろうって人は少ないんだよ。一日中熱い厨房で立ちっぱなしの仕事だし、重労働だからね。日本人見習いがいなくなったらやっていけなくなる店もあるんじゃないかな。とても残念だけど、みんな地元の伝統とかにはあまり興味を示さないんだよね。それに囲まれて育つと、その素晴らしさが分からないんだろうね」少しさみしそうなシェフであった。

 「怒鳴られてねー」

今ではほとんどの料理の味付けも任されているという日本人シェフの方に駆け出しの頃の話を聞いた。

 「最初の頃、イタリア語もようしゃべれんうちから、街に買い物に行かされて。間違ってしもうたんですよ。ジャガイモの数を。もう死ね!くらいに言われてね。ぜーったい見返してやる!って思いましたね。今ではほとんどの料理の下ごしらえを俺が任してもらってるからね。あっはっは。最初に味付けしてみーって言われた時はそりゃあもううれしかったですわ。ほら見ろーって感じで。いつか日本でね、本場に負けんイタリア料理の店を開きたいんですわ。日本ならではの素材でね」

 夢を語っても、彼の目は遠くを見ていない。日々の着実な努力に根差した彼の言葉は、実現可能な計画をしっかりと見据えていた。
 私も遠くばかり見ないで今の自分の仕事をしっかりやっていこうと思った。

 (宮古ペンクラブ会員・TV番組制作会社勤務)

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