ぺん遊ぺん楽


長崎の小学6年生殺害事件に
ついて思う


垣花 鷹志
(かきのはな たかし)


<2004年07/09掲載>
 イラクでの人殺しだの、長引く不景気で鬱病が増え自殺者が300人を越えただのと毎日暗い話ばかりである。中でも子育て真っ最中の親たちの心を重くするのはひきもきらない子供たちの非行のニュースである。子供の非行は毎年増えているばかりではない。その中身がどんどん凶悪化している。平成九年に起きたあの酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)の「さあゲームの始まりです」と隣の遊び友達を殺して首を切り、それをメッセージを口に銜(くわ)えさせて校門に晒(さら)した事件には30年近く犯罪・非行の現場で働き大抵のことには驚かなくなっていた私もビッタマギタ(気が動転した)。

 酒鬼薔薇聖斗はただあくずん(悪人)だけではない。悪いことにかけては頭がまわるヤラビ(少年)だった。当時の少年法では16歳未満だったら、大人と同じ裁判にかけられて刑務所に行くことはなかった。そのことを彼は知っていて「自分は人を殺しても死刑にはならない」とうそぶいていた。そして結果はそのとおりになり彼は少年院に送られ、平成16年3月10日に仮退院となり出て来た。国はあわてて少年法を改正しこの例外をなくし、逃げられないように網の目を細かくした。

 これでホッとしたつもりでいたらこの細かくした網の目からまた逃げ出す魚がいた。平成15年7月1日に起きた長崎での12歳の中学1年生の少年が駿ちゃんという4歳の男の子を全裸にして駐車場ビルの屋上から突き落として殺した事件である。この時もマスコミは網の目をもっと細かくしろと大騒ぎした。今の刑法では14歳以上でないと犬に噛まれたのと同じ、犯罪として扱われない。また少年院に入れられるのも14歳以上である。それでこの年齢制限をもっと下げるべきだと喧々諤々(けんけんがくがく)だった。

 さて今年6月1日、長崎市佐世保での小学6年生が同級生の首をカッターナイフで切って殺害した事件である。じゃあ、また年齢制限を下げてこの小学生も刑務所に送れるように法律の網の目を針の穴のように小さくするのか。あんなに大騒ぎしていたマスコミや評論家たちは今度はスサーンフウ(知らんふり)している。

 人を罪から踏みとどまらせるには大きく分けて2つの方法がある。真っ先に頭に浮かぶのは、罪を犯した人自身を懲らしめることである。つまり、犯罪者自身を処罰し、こんなことをしたらこういう酷(ひど)い目にあうということを身をもって知らしめ、二度と同じ罪を繰り返さないよう、心理規制を加えることである。

 あと1つには見せしめにすることである。「こんなことをすればこのような酷い目に遭いますよ」ということをあらかじめ一般の人々に知らしめ、罪から踏みとどまるように仕向けることである。

 何か事件が起きる度、もっと網の目を細かくしろと大騒ぎするマスコミ、その尻馬に乗ってホイホイと法律を改正して何かやったつもりでいる国のお偉方の考え方の根底にあるのもこれである。

 しかしこうした網の目論争で燎原の火のごとく子供たちの裾野にまで燃え広がって行く非行を防ぎ切れるのだろうか。今度の長崎事件はもっとウポーウポ(大き)な問題を含んでいるような気がする。「今なんとかしないと日本は滅びるよ」と警鐘を打ち鳴らしているような気がする。

   (宮古ペンクラブ会員・琉球大学非常勤講師)
top.gif (811 バイト)