ぺん遊ぺん楽



ユ ン ガ イ

与那覇 武治(よなは たけじ)



<2004年02/13掲載>
 サル、トリ、イヌ、ネコ、タカ、ブタは少年の頃可愛がったペット達である。ユンガイとは、台湾北部の山岳地帯に住むタイヤルと呼ばれる首狩族の言葉で、猿を意味する。
 父武祥は、出張の度に子どもたちの喜ぶ土産を持ちかえった。サーベル姿のポケットから小さな猿の子をつまみあげた時は、飛び上がって喜んだ。さっそくユンガイと名づけて家族の一員となった。ユンガイ! と名前を呼ぶとキャッと答えて振り向き、目をクリクリさせた。父が管理する吊り橋に連れて行くと、ジャングルに怯えたユンガイは首に抱きついて顔をうずめた。サルのくせに臆病なヤツだと笑ったが、そんなしぐさが愛くるしく、兄弟のようにじゃれついて遊んだ。
 しかし、ユンガイは次第に野生本能を発揮して手がつけられなくなった。天井裏はユンガイの遊び場となり、奇声をあげて暴れ回った。鍋や釜のフタを勝手に開けては食い散らかし、手当たり次第に物を投げつけるなどやりたい放題。あげくは父の警察日誌を放り投げたり破り捨てたりの狼藉を働くにいたり、鎖に繋がれる羽目となった。
 ユンガイは不思議な能力を持っていた。ユンガイと呼ぶと、イヌの発声と同時に寸分たがわずキャッと答えた。物陰や遠方から不意をついて試しても、間髪入れずに答えが返ってきた。ユンガイの鼻をあかすべく一計を案じた。最速の早口でユンガ! と叫び、イを抜いてだまし討ちをした。しかしユンガイは何の反応もしめさず、すました顔でとぼけていた。ユンガイは鎖をジャラジャラ振り回してカギを外すよう要求した。自由になったユンガイはスルスルと屋根に昇り、クサリを垂らして遊びを誘った。ジャンプしてクサリに手を伸ばすとヒョイと持ち上げて移動し、再びクサリを垂らしては、からかって遊んだ。ユンガイは隙を見て台所に侵入、鍋や釜をひっくり返してつまみ食いをくりかえした。彼はせっかんされることを覚悟した上でのことだった。物置に戻ったユンガイは頭を抱え、尻を突き上げてうずくまった。頭隠して尻隠さずのポーズだ。ユンガイのお尻は悪さをしでかして折檻される時、はじめて赤くなった。
 サイパン島玉砕の噂が囁かれるさなか、父は召集されて中国戦線に送られた。母は「オトーは生きて帰れない」と悲観にくれた。物資不足は悪くなる一方で暗雲がたちこめ、ついに米の配給が途絶えた。フキなどの野草、たけのこ、梅、サクランボ、木の実、落花生、イモ、大根、トーモロコシ、キノコ、自然薯(じねんじょ)、ヘビ、ネズミ、カエル、バッタ、ハチノコ、口に入るものは何でも食べて飢えをしのいだ。ユンガイの首輪を外して山に帰るよううながした。自然に適応できなくなったユンガイは霜の降りた寒い朝、ぼろきれの様な姿で餓死していた。母カマドメガは泣きながらユンガイの骸を始末した。身近な者の死と悲しみを体験したのは、ユンガイとの別れが最初であった。

 (宮古ペンクラブ会員・会社役員)

 top.gif (811 バイト)