子どもたちの育成に対する大人の責任を訴える水谷修さん=3日、市総合体育館 |
子どもたちの非行行為の更生に尽力する「夜回り先生」こと水谷修さんの講演会「今、子どもたちは…−今、私たちにできること、しなければならないこと−」(主催・宮古島市、市教育委員会)が三日、市総合体育館で行われた。市教委が毎年二月の第三日曜日を「教育の日」に定めた記念事業。水谷さんは、社会の荒廃化に警鐘を鳴らし「大人は、子どもの不完全さや失敗を受け止める余裕を」と促した。講演には、子どもから大人まで四千五百人が参加し、水谷さんのメッセージに聞き入った。
水谷さんは、教師生活を送りながら、夜の世界で薬物中毒や売春など問題行動に身を染めた若者たちの更生に尽力するとともに、悩みを抱える子どもたちを広くサポートする活動を行っている。
講演の中で水谷さんは、「子どもたちの心や行動の問題の背景には大人の問題が潜んでいる」とし、大人の社会のストレスやいらつきがまん延していることで「家族、特に子どもたちにとって憩いの場所であるはずの家庭に、イライラや攻撃が入り込んできている」と指摘。「子どもの社会は、昼間の学校と夜の家庭しかないのに、大人が家でも学校でも子どもたちを追い込み、結果として子どもを非行や不登校、援助交際などに追いやっている」と、子どもたちに対する大人の責任の重さを強調した。
会場いっぱいの聴衆が講演に耳を傾けた |
また、追いつめられた子どもたちのサインとして▽大人が自分にしたことを仲間にする(いじめ)▽夜の世界に浸る▽不登校や引きこもりになる▽不眠になる−の四種類を挙げ「親は、深夜二時に子ども部屋を十晩連続でのぞき、眠れているか確認を。学校の先生は、子どもたちと握手をし、子どもが目を合わせるかどうかで心の状態を知って」と促し「子どもたちの幸せは太陽の下で多くの大人から優しさや愛をもらって育つ」と広く呼び掛けた。
さらに「ストレスが頂点に達する金曜日と、新たなストレスの始まりを前日に控えた日曜日は、全国の子どもたちや若者の自殺が最も多い日」とし、孫と離れて暮らしている祖父母に向けて「金、日曜日の午後九時から十時の間に電話をかけてあげて」と、家族、地域で子どもたちの命を支えるよう強く訴えた。
講演の締めくくりで水谷さんは、「優しさに囲まれて育った子どもは、宮古島を離れてどこに行っても、すべての悪に『ノー』と言える大人になる」とし、笑顔とあいさつのあふれる家庭、地域づくりを求めた。
Aメグミ(小6)の場合
「リーダーに立ち向かうなんて、誰も思い付かない」 |
クラスの仲良しグループの一人が、女の子たちに無視され、いじめられるようになった。グループのメンバー、メグミ=仮名、宮古島の小学校六年生(当時)=は、「彼女のことを嫌いじゃなかったけど」いじめの空気に同調し、一緒に無視したり悪口を言った。少しでも彼女をかばうような発言をすると、自分の身が危ないという恐怖心が先立った。
そのうち彼女はグループを完全に抜け、一人で行動するようになった。すると、次のいじめの矛先はいとも簡単にメグミに向けられた。いじめのリーダーは、男子を含むクラスのほぼ全員に「きもい」と吹聴し、メグミの体のコンプレックスを言いふらして嘲笑した。靴を隠されることもしょっちゅうあった。
友達同士で机を寄せ合う給食時間。メグミは一人ぼっちだった。ヘラヘラとした冷たい視線を痛いほど感じる。惨めだった。こみ上げる涙と戦うのに必死で、給食はのどを通らない。屈辱の一方で、誰かが声を掛けてくれるのを待っていた。
教室の中の社会、楽しいばかりではない(写真と本文は関係ありません) |
◇部活動の変化
部活動では部長を務めていた。しかし、部員の中にいじめグループのメンバーがいるため、部長職は機能しない。顧問の先生に「みんなに伝えておいてね」と言われことを伝えることすらままならず、部長としての力不足を自ら責めた。
あるとき、顧問の先生に「最近元気がないけどどうしたの」と聞かれた。最初は何も答えられなかったが、何度も問われるうちに訳を話すことができた。先生は黙って耳を傾け、部長を中心に部活動が動くように仕向けてくれた。
例えば「集合」などの号令を部長が掛ける仕組みにした。号令を掛けても、部員らの多くは号令を無視して全然集まらなかったが、先生がそれを見ていてしかるとみんなが集まる。そんなことを繰り返していくうちに、号令が機能するようになった。「それは、イコールいじめがなくなったことにはならないと思う。でも、先生は一人ひとりをちゃんと見ていてくれた。だから私の異変に気付いてくれたんだと思う。先生の存在は救いになったと今でも思っている」
◇心配を掛けたくない
「両親に心配を掛けてはいけない」。家ではそんな思いで過ごした。「今思えば、いつも以上に明るく振る舞っていたと思う」。その分、家に誰もいないときには、枕を投げ付けて大声で泣いた。心の中が混乱して収拾がつかなかった。
「両親に『気付いてよ』と願う気持ちが2、『気付かれてはいけない』という気持ちが8」。揺れる思いの中で、やっぱり打ち明けることはできなかった。
◇いじめのムード
「経験から言うと、いじめにはリーダーがいて、その力は絶対。クラスの大勢は、教室の雰囲気が気まずくなるのを避けたり、何より自分がいじめられるのを恐れて、みんなでリーダーの機嫌取りをするんだよね」。メグミの語気は熱を帯びる。「ターゲットになった『いじめられっ子』を嫌いな人はほとんどいない。ただリーダーに同調しているだけ。でも、大勢でリーダー一人に立ち向かうなんて誰も思い付かない。リーダーに従うのが絶対という空気が教室を支配している」
◇小さな一言が救いに
メグミが教室の中で「ターゲット」になっていたとき、休み時間は他のクラスへ逃れ、授業でどうしても誰かとペアやグループをつくる必要があるときは、いじめに属さない二、三人の人と行動を共にした。
しかし、惨めな思いに変わりはない。そんなとき、声を掛けてくれた一人のクラスメートがいた。もともと同じグループでメグミの前にいじめに遭い、グループを抜けた彼女だった。当時はメグミもいじめに加わっていたにもかかわらず、彼女は「何で一人か?一緒に回ろう」と肩をたたいた。思わず涙が出そうになった。
「いじめられている人を見たら、陰でいい、自分に被害の及ばない程度でいいから、そっと声を掛けてあげてほしい。『大丈夫?』その一言だけで、きっと心強くなるから」
根本的な解決法は分からない。何しろ相手は、教室全体に重く漂う「空気」なのだから。でもメグミは、小さな優しい声が時として、心の救いになることを知っている。
(砂川智江)
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