200平成19  2 金曜日

前年比4.7%増の333億円宮古島市07年度一般会計当初予算案
都市マスタープラン策定/自主財源比率15.9%

 宮古島市(伊志嶺亮市長)は一日、二〇〇七年度当初予算案を各課に内示した。一般会計は三百三十三億五千万円で前年度比四・七%の増額だが、緊縮財政に変わりはない。自主財源比率は一五・九%で前年度より五%下げた。都市計画マスタープランに関する基本的な方針を策定する事業への着手など新規事業は十三項目。厳しい財政事情の中、管理職や職員の時間外手当を削減するなどして、「選択と集中」を意識した予算編成となった。復活折衝を経て、早ければ九日に最終内示する。

 一般会計の総額は前年度に比べて十四億九千六百万円の増。全特別会計は前年度比十四億三千百五十二万三千円増の百五十七億二千九百六十四万円としている。
 一般会計の歳入総括表を見ると、自主財源の総額は五十三億一千七百十四万四千円(前年度比二億七千七百五十四万九千円減少)。同財源の柱となる市税が国の三位一体改革による税源移譲で前年度比二・五%増の四十二億七千六百十六万一千円を見込む。財産収入の減が最も大きく前年度に比べ二億八千九百四十九万三千円の減。
 一方、地方交付税や国庫支出金、県支出金などの依存財源は六・八%増の二百八十億三千二百八十五万六千円。ただ、当初は前年度比一〇%の減額を見込んでいた地方交付税を国が示した減額率四・四%まで引き上げるなど厳しい見込み額を余儀なくされた。これにより、交付税は前年度より三億七千四百六十三万八千円増額の百二十一億五十九万八千円とした。
 歳出を性質別に見ると人件費や扶助費、公債費を含む義務的経費が百五十五億六千六万八千円で前年度比二億八千七百二十七万三千減額。この中で、退職金支給の事務作業を行う総合事務組合負担金が二億六千九百三十三万円増額、負担率の変更をはじめ、前年度に比べて二倍に膨れた退職者数が全体の数字を押し上げている。項目上は減少している扶助費(生活保護費など)も制度変更が減少の要因で、事実上は右肩上がりで推移しているのが現状だ。
 新規事業では、砂川保育所建設事業に一億三千六百九十六万七千円を充てた。バイオマス環づくり交付金事業は二億二百十二万七千円、熱帯植物園と体験工芸村事業には八千四十万六千を付けている。宮古島市の都市計画に関する基本的な方針策定事業には千五百万円を予算化、〇八年度策定に向けて具体的な作業に着手する。
 教育関連では、西辺中学校の屋内運動場改築事業に二億八千五百七十七万円、狩俣中学校校舎改築事業は一億五千六百七万七千円とした。
 


慢性的な財源不足否めず/市当初予算案内示

 宮古島市(伊志嶺亮市長)は一日午前、二〇〇七年度当初予算案を各課に一次内示した。新規事業は福祉や環境、教育関連に絞り、各事業に優先順位を付ける「選択と集中」を意識した予算編成を印象付けた。ただ、それと同時に慢性的な財源不足を露呈している。
 〇七年度当初予算編成は、四十億円もの財源不足を抱えてスタート。終盤になると、「どんどん切るんだ」という大声が財政課内に響く毎日が続いた。だが、切れば切るほど市民サービスに与える影響が出る。故に残り二−三億円を切る作業は困難を極めた。
 自主財源では、大きな収入となる財産収入で土地売買契約をめぐる議会とのこじれから二億八千九百四十九万三千円の計上を見送った。これまでの予算編成手法を失ったダメージは、あまりにも大きかった。
 その不足分を補うかのように、地方交付税見込を増額させ、人件費の削減に踏み切った。地方交付税は当初、前年度比で一〇%の減額を見込んでいたが、途中で五%に、最終的には国が示した減額率の四・四%にまで引き上げた。この数字以上の減額があれば、歳入欠陥となる危険性を承知した上での措置だ。
 人件費では管理職手当の全額をカット、百三十四人の管理職は手当なしで責任を負う。一般職員も特殊勤務手当ほか、時間外手当の削減を余儀なくされた。
 一次内示に向けての編成作業は、随所に「苦肉の策」が見え隠れし、市の厳しい財政事情をうかがわせた。庁内では「第二の夕張市」の声が広がり続け、職員の一時金削減もささやかれた。各基金は底を突き、自己財源に乏しい同市にあっては、次年度以降も明るい兆しは見えない。さらに踏み込んだ歳入歳出改革が求められている。     (山下誠)

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大米建設が会社分割/再生向け、体質改善

  県内建設業大手の大米建設(本社那覇市、下地米蔵社長)が企業の再編を促す目的で導入された会社分割法に基づき、再生へ向けた会社分割を決めたことが一日までに分かった。昨年末に設立した新会社DYKが建設、生コン、砕石などの事業を継承する。旧会社は管理部門となり、資産や負債の一部を引き継ぎ、資産売却などで債務の返済を進める方針。
 同社は昨年十二月に同社役員や取引先企業の法人、個人が出資して新会社DYKを設立。DYKは、三月一日付で「大米建設」に商号を変更し、建設業として再スタートする。旧会社は「港町管理」に変更し、下地社長が新旧会社の社長を兼務。百二十人の社員全員は新会社に移る。
 大米建設は、〇四年六月決算で初の赤字を計上。同年から主力取引先の琉球銀行から出向を受け入れ、再建を進めてきた。
 同社の仲本靖彦常務取締役は「建設業界を取り巻く厳しい環境は、今後も続いていくものと考えている。時代の波を敏感に察知して対策を取らなければ、乗り遅れてしまう」と指摘。その上で「競争に打ち勝つには体質を改善し、無駄なものを取り除き、時代の変化のスピードに的確に対応していくことが求められている」と述べ、今回の会社分割の意義を強調した。
 さらに仲本常務は「わが社は宮古で設立し、八重山や沖縄本島に進出した。沖縄全県で企業の貢献度を高めなければならない」と話した。
 大米建設は一九六七年に設立した宮古交通が前身。総合建設業、生コンクリート製造販売業、陸上・海上運送業、石油製品販売業などで業績を伸ばし、〇五年度の完成工事高は八十億九千二百万円で県内五位。
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春季キャンプスタート/オリックス
シーズン開幕へ第一歩

ウオーミングアップを行う選手ら=1日、前福多目的運動場
ウオーミングアップを行う選手ら=1日、前福多目的運動場

 プロ野球パ・リーグ、オリックス・バファローズの春季キャンプが一日、宮古島市民球場で始まり、一軍スタートとなった四十三選手が、三月下旬のシーズン開幕へ向け、汗を流した。昨年の秋季キャンプから指揮を執るテリー・コリンズ新監督は「練習がスムーズにいって良かった。今までに見ていなかった選手も能力が高く、昨年より良いチームになると改めて感じた」と、初日を振り返った。清原和博内野手は全体とは別メニューの練習をこなした。
 午前九時ごろから練習していた早出の選手に続き、同九時四十分ごろに選手全員が球場入りした。前福多目的運動場で同十時前からコリンズ監督を中心に選手・スタッフ全員で円陣を組んで、気持ちを盛り上げ。ウオーミングアップを行った後、球場に移動して投手・野手合同で、連係プレーなど練習した。午後は投手と野手に分かれ、投手陣はブルペンでの投球やサブグラウンドで守備練習。野手陣はティーバッティングやフリーバッティングなどを中心に打撃練習を行った。
 今キャンプは十八日まで。四日間を一クールとする日程で行われ、休日は五日、十日、十五日。十一日の第三クールからは紅白戦も予定されている。
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「08年開校予定に変更なし」/農林・翔南統合
県教育庁が住民説明/研究会意見に「全体ニーズではない」

宮古農林・翔南の両高校統合による新高校開校に向け開かれた説明会=1日、翔南高校体育館
宮古農林・翔南の両高校統合による新高校開校に向け開かれた説明会=1日、翔南高校体育館

 県立宮古農林高校と同翔南高校を統合し、二〇〇八年度の開校を予定している県立宮古総合実業高校(仮称)についての地域説明会(主催・県教育庁)が一日夜、翔南高校体育館で開かれた。宮古地区五高校の同窓会長、PTA会長、元校長で構成する「宮古地区の高校編成整備のあり方を研究する会」が、昨年十月から今年一月までの議論を基に、▽普通科六学級、職業学科九学級とする(伊良部高校は除く)▽統合時期を〇九年に先延ばしする−などとする意見を述べたが、県教育庁側は「開校予定に変わりはない。再考する考えもない」と強調した。

 説明会では、県教育庁側が新高校の必要性やその内容などを説明。開校準備委員会の委員である翔南高校の新崎直昌校長も進ちょく状況を示して、理解を求めた。
 同研究会の会長を務める洲鎌善充宮古農林高校同窓会長は「宮古地区全体の将来像を描いたものとはなかなか受け取りにくい」と指摘。同研究会の議論の中間まとめという形で、@職業高校を農林系・水産系・福祉系の一校と、工業系・職業系の一校の計二校にA宮古高校を、宮古を代表する真の進学校にB普通科と職業学科の割合を、普通科六学級(伊良部高校除く)・職業学科九学級とするC宮古地区高校の再編統合を〇九年度からとする−の四点を柱とする意見を説明した。
 県教育庁の瑞慶覧長行総務課長は「現行計画を実践する。基本的に延期は考えていない」と述べ、改めて計画を再変更させる考えがないことを強調。説明会終了後、報道各社の取材に対しても、「(研究会の意見は)一つの意見ではあるが、宮古全体のニーズが反映されているとは限らない。意見はお受けするが、予定変更は考えていない」と述べた。
 新高校の設置計画は、両校を統合し、▽生物生産科▽環境工学科▽生活福祉科▽海洋科学科▽食品科学科▽商業科−でそれぞれ一学年一学級、三学年で十八学級、合計七百二十人とする規模。設置の必要性として、▽地域の実態に即し、新事業の創出や高度な経営・技術にも対応できる産業人の育成を図る▽再編統合により教育課程の弾力的編成と生徒同士の切磋琢磨を図る−としている。
 両校の統合による新高校開校に関しては昨年六月、県教育庁が第一回の地域説明会を実施。地域の理解を求めたものの、反発の声が相次いだため、当初予定の二〇〇七年四月開校が一年先送りとなっていた。
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各競技での功績たたえる/宮古島市体育協会
21個人、12団体を表彰

安谷屋会長(手前)から21個人、12団体に表彰状が手渡された=1日、北小学校体育館
安谷屋会長(手前)から21個人、12団体に表彰状が手渡された=1日、北小学校体育館

 二○○七年宮古スポーツ振興表彰式(主催・宮古島市体育協会)が一日、宮古島市立北小学校体育館で開かれた。〇六年の各競技で優れた功績を残した選手十二人、チーム十二団体、指導者九人に表彰状が贈られた。受賞者を代表して宮古野球連盟の川満時英会長は「高い意識、意欲を持って、日々練習に励みたい。スポーツ競技者の目標になるように頑張りたい」と抱負を語った。
 表彰式で同協会の安谷屋豪一会長は「みなさんの大きな成果に敬意と感謝を申し上げたい。今後も、おごることなく精進してほしい」とあいさつした。
 来賓の県宮古支庁の兼城克夫支庁長は「この表彰を期に、さらなる目標に向かって宮古のスポーツをけん引することを期待している」と祝辞した。
 また、同市の伊志嶺亮市長(代読・久貝勝盛教育長)は「受賞は練習を積み重ね努力した結果。今後も技術力を向上させ、スポーツ振興につなげてほしい」と述べた。
 表彰後には、市内のレストランで懇親会が開かれた。関係者らが出席し、宮古のスポーツ振興のさらなる発展を祈念した。
 各受賞者は次の通り。(敬称略)
 【優秀競技者賞】▽前里知春(狩俣中学校)=都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会三位▽塚田怜央(久松中)=県中学校水泳競技自由形千五百b一位▽佐和田敦子(伊良部中学校)=県中学校夏季陸上競技大会共通女子走幅跳一位▽上地将貴(佐良浜中学校)=日韓対抗バレーボール大会日本代表選手六戦全勝▽上里琢文(宮古高校)=国民体育大会(のじぎく兵庫国体)少年男子サッカー競技優勝▽砂川満寿美(宮古農林高校)=全九州高校選抜大会兼二〇〇六年度九州記録挑戦会女子ア超`級優勝▽与儀ひなみ(同)=同女子`級三位▽池村良(伊良部高校)=県高等学校陸上競技新人選手権大会走高跳一位など▽伊良部裕馬(宮古高校)=全国ジュニアゴルフ選手権宮古島大会優勝▽仲間正彦(名桜大学)=県民体育大会五千b・一万b優勝▽城間義隆(NTT)=県民体育大会五十代百b優勝▽島尻竜雄(シマトミ通信)=全宮古陸上競技大会四十代砲丸投・円盤投げ三連覇
 【優秀チーム賞】▽下地クラブ女子チーム=サントリーカップ全日本小学生バレーボール大会沖縄大会小学女子の部優勝▽平良第一FC=県ジュニア(U−q)フットサル大会準優勝▽下地小学校男子ミニバスケットボール部=県ミニバスケットボール夏季大会優勝▽佐良浜中学校男子バレーボール部=OTV杯九州中学校バレーボール選抜優勝大会県予選大会優勝など▽伊良部中学校男子バレーボール部=中学校新人バレーボール大会準優勝▽平良中学校野球部=県中学生選抜軟式野球大会準優勝▽北中学校野球部=県中学校野球選手権大会優勝▽宮古代表男子バスケットボールチーム=県民体育大会男子バスケットボール競技優勝▽みやこんちゅ=九州ママさんバレーボール優勝大会県予選大会三部四十六歳以上の部優勝▽トモチカ=ビーチバレー2006マドンナカップ県予選優勝▽宮古野球連盟チーム=県民体育大会軟式野球競技優勝▽宮古代表男子ラグビーフットボールチーム=同ラグビーフットボール競技準優勝
 【優秀指導者賞】▽前泊清(下地クラブ女子チーム)▽砂川靖夫(下地小学校男子ミニバスケットボール部)▽仲間智(佐良浜中学校男子バレーボール部)▽上地成人(同)▽濱川太(北中学校野球部)▽友利和広(佐和田敦子)▽仲村由美子(トモチカ)▽下地秀隆(宮古代表男子バスケットボールチーム)▽下里勝信(平一小野球部、平良中野球部)
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子牛2頭が民家に侵入/市職員捕獲 家主「モーびっくり!」

子牛を捕獲する市職員=1日午後、上野字野原の上田さんの民家
子牛を捕獲する市職員=1日午後、上野字野原の上田さんの民家
 宮古島市上野地区の民家の菜園に一日午前、子牛二頭が侵入、この家に住む人の心配をよそに約二時間にわたってのんびりと休憩を楽しんだ。民家には、本土から宮古に移り住んだ上田克己さん(65)一家が住んでおり、見つけた時はびっくり仰天したという。子牛は、市職員四人が駆け付け捕獲し、飼い主に手渡した。けが人などはいなかった。上田さんは菜園をちょっぴり踏み荒らされたが「本土では、大騒ぎになるところ。珍しいものを見せてもらった」と喜んでいた。
 子牛は乳牛で、近くの牛舎から逃げたらしい。克己さんの妻が午前十一時半ごろ見つけ「なぜ、自分の家に牛がいるのだろう?」と、目を疑ったという。克己さんは住居と一緒に食堂を経営しており、思わぬ珍客に「本当のお客様だったらうれしかったのに」と残念がった。
 民家の前は交通量が多く、急に追い出すと交通事故に遭う可能性もあることから、克己さんはしばらく見守ることにした。
 牛はなかなか出て行かないので上野支所農政課に連絡した。その後、市職員四人が駆け付け、二十分ほどで首に縄を付けて捕獲。現場から携帯電話を使って飼い主を割り出し、無事に引き渡した。飼い主も探していたという。
 農政課の職員は「牛は一頭ではあまり遠くへ行かないが、二頭で一緒に遊んでいるうちに迷子になったのでは」と話し、捕獲作戦がうまくいったことに胸を張っていた。
 克己さんは、本土に住んでいた時にも車を運転中、正面からブタが走ってきて、思わず急ハンドルでよけたこともあるという。「動物と縁があるようだ」と笑顔を見せた。
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