200平成18  816 水曜日

「生活路線」危機的状況/バス対策会議
バス3社 05年度も赤字運営/
協栄、長北山北線の運行減

 二〇〇六年度第一回宮古島市バス対策会議が十五日午前、宮古島市役所上野庁舎で開かれた。市内で「生活路線」を運行するバス会社三社から〇五年度の運行状況や経営内容が報告され、三社ともに赤字決算、好転の兆しすら見えない運行状況が示された。対策会議で現行路線の維持は確認したものの、今後も市民の自家用車への依存度が高まるのは必至。バス会社各社の生活路線は今、危機的状況に直面しているのが実情だ。宮古協栄バスは「長北山北線」における運行数の減を決めている。
 宮古地区における生活バス路線の利用は年々減少の一途。市の調べによると、通勤や通学などの移動手段で、乗合バスの利用は全体のわずか二%にとどまり、七割の市民が自家用車を利用している。児童生徒が父母の自家用車で登校する事例も多く、帰宅時でも数人単位でタクシーを利用するなどバスの利用度は下がる一方だ。
 伊良部島で生活路線を運行する共和バスは〇五年度、二万三千九百二十二人の輸送人員だが、〇二年度と比較すると約半数に落ち込んだ。〇五年度は千四百四十四万八千円の赤字。同社は「自家用車の増加で厳しい現況にある」と総括した。
 八千代バスも「依然として苦境を脱し切れない現況にある」と報告。常にバスに人が乗車している状態を指す平均乗車密度は池間一周線が一・九人しかいない。狩俣一周線も二人の状況だ。〇五年度における赤字額は千四百二十一万五千円。
 宮古協栄バスも同様に苦しい経営だ。長北山北線の乗車密度は〇・六人で一人にも満たない。与那覇嘉手苅線や久松線も〇・九人という数字。同社は運行回数を見直すために、六月十五日から七月十四日までの二十二日間、長北山北線の午前七時二十分発の乗客数を調査したという。この結果、利用した市民はわずか五人だった。これを踏まえ九月から、同線の七時二十分発を打ち切る方針を固めている。〇五年度の赤字は二千九百六万五千円に上っている。
 これらの報告に対し対策会議の委員らは生活路線の危機的な状況を把握した。ただ、路線の廃止を訴える声はなく、現行の路線は維持することを確認。今後、バス各社の経営安定化に向け対策を講じる方針だ。伊志嶺亮市長は「生活路線の確保は住民生活にとって欠かせない。バス会社の厳しい経営もあるが、市民生活確保のために対策を講じてほしい」などと述べた。
 宮古地区のバス各社は県と市の補助金交付を受けて生活路線を運行している。〇五年度の交付実績額合計は県補助が二千百九十四万五千円、市補助が五千三百六十一万三千円となっている。 (山下誠)

 写真説明・生活路線の維持を確認したバス対策会議=15日、宮古島市役所上野庁舎
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船上から業績しのぶ/伊良波冨三さんのひ孫
八重干瀬地図制作者/「ひいおじいは、すごい」

 1976年に宮古島市池間島北方に広がる日本最大級のサンゴ礁群、八重干瀬(やびじ)の地形とリーフ名を「八重干瀬地図」として描き上げた、故伊良波冨三さん(享年63歳)=旧平良市字前里=のひ孫4人兄弟=那覇市在=が15日、偉大なる曽祖父の足跡を訪ねながら八重干瀬を視察した。今年は冨三さんが亡くなってから、30年の節目。冨三さんの元気な姿を一度も見たこともないひ孫4人は「ひいおじいは、すごい人と思った。ひいおじいが素潜り漁で活躍していた八重干瀬を見て、とても感動した」と語り「八重干瀬地図は、わが家の宝です」と晴れ晴れとした表情で強調した。

 冨三さんは生涯の約四十年間、八重干瀬を中心とした素潜り漁に従事。その間に、池間島の一本釣りカツオ漁船や琉球政府時代の水産資源調査船でも活躍した。
 晩年の冨三さんは、八重干瀬絵図を後世へ残そうと決意。庭のようにすべてを知り尽くしている大小百余りのサンゴ礁群海域で、縄で結んだ石を使って測量した。
 七五年、冨三さんは病床の中で、八重干瀬地図の仕上げに全身全霊を傾けた。
 大きいサンゴ礁を中心に、地形とリーフ名を克明に記録。世界で一つの地図を完成させ、翌年、息を引き取った。
 二○○四年七月、冨三さんの八重干瀬地図を基に、八重干瀬などを含んだ宮古島の航空写真が制作された。
 この日視察したひ孫の兄弟は長男上原成和君(18)、長女結子さん(16)、二男光来君(14)、二女真依子さん(11)の四人。
 成和君は「ひいおじいは、八重干瀬の浅瀬などを潜りながら測量したと聞いている。すごい記録を残したと感動している。普通の人には、できないことをやったと思う」と誇らしげに語った。
 沖合からの視察では、冨三さんの三男博さん(63)が説明した。視察の後は、五人で、タカサゴ釣りを楽しんだ。
 入港では、冨三さんの長女清子さん(70)と、清子さんの長女で成和君らの母である百子さん(49)が出迎えた。清子さんと百子さんの二人は「ひいおじいが大好きだった八重干瀬を見て、良かったね」と笑顔で語った。

 写真説明・冨三さんのひ孫に当たる(手前左から)真依子さん、結子さん、成和君、光来君の4兄弟。後方は冨三さんの3男博さん=15日、八重干瀬の船上
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地層に宮古の太古見る/島尻断層など9カ所巡回
宮古高校生徒

 県立宮古高校(仲間博之校長)は十五、十六の両日、生徒たちに宮古の地形や地層に興味を持ってもらおうと「宮古諸島の地形・地質とその成り立ち」と題した学習会を行っている。生徒たちは宮古地区の断層崖や地質を観察できる九カ所を訪問。沖縄の地質に詳しい「おきなわ石の会」の大城逸朗会長から説明や指導を受けながら、地形について知識を深めた。
 実習では、池間島の円柱状痕跡や比嘉ロードパーク、ムイガーなど特異な地質・地形をした場所を利用。生徒たちは四、五人ごとのグループに分かれ、各所で化石の採取や地層のスケッチなどを行った。
 島尻海岸の断層崖では四百万−五百万年前に二種の土質から形成された地層を観察した。大城さんは「ここは過去にクジラとゾウの骨が発掘された場所。海と陸の生き物の化石が同じ場所から発掘されるのは興味深いこと」と説明。生徒たちは地層の特徴をノートに書き留めたり、断層面の傾きを計測し、記録にまとめていた。
 大城さんは「地質を実際に見ることで、自然の成り立ちを知ることができる。生徒たちには自然の様子を観察し調べることで、考える方法を見つけてほしい」と話した。
 下地千尋さん(二年)と友利沙綾さん(同)は「ムイガーの断崖絶壁を見ることを一番楽しみにしていた。地層は歴史が見えるのがすごいと思う」と興味を示していた。
 同学習会は、教育委員会や全国の大学、科学館などが連携し、推進している「サイエンス・パートナーシップ・プロジェクト」の一環として開催。大学の研究者や教授を講師とした学習により、児童生徒の科学技術、理科、数学に対する興味・関心と知的探求心を育成することを目的としている。

 写真説明・断層面のスケッチや傾斜測定をする生徒たち=15日、島尻海岸の断層崖
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航空機の騒音測定始まる/下地地区
風向き影響でデータ得られず

 宮古島市(伊志嶺亮市長)から委託を受けた沖縄環境分析センター(宜野湾市)による宮古空港を離陸する航空機の騒音測定が十四日、二十七日までの日程で下地の下地中央公民館など三カ所で始まった。航空機が南向けに離陸する騒音を測定するが、十四、十五の両日とも風向きの変化で、航空機は逆方向に離陸。このため、正式なデータは、まだ得られていない。
 今回の騒音測定は、下地の川満部落の要請を受けて実施。航空機が南向けに離陸する際の騒音低減を図るため、暫定的に飛行ルートを変更し騒音測定を行うもの。実施期間は、二十七日までの二週間。
 現在の飛行ルートでは、南風などが吹いた場合、航空機は与那覇湾方向の南向けに離陸し、川満部落などの上空で左旋回する。
 一方、暫定的飛行ルートでは、南向けに離陸。川満部落などの上空で左旋回はせずに直進し、与那覇前浜海岸上空から左旋回するというもの。
 航空機は風上に向かって離陸するが、二日間の風向きは北西寄りのため、航空機は同方向に離陸した。
 宮古島市では、騒音測定と併行して、川満・与那覇の両部落で、航空機騒音に関する住民アンケートを実施する。

 写真説明・北西寄りの風のため、航空機は東向けに進入し、着陸、離陸した。騒音測定のための南向け離陸は無かった=15日、下地の川満部落

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幸地姉妹が3連覇/石垣島ジュニアトライ
宮古勢活躍 4部門で優勝

 第十回ジュニアトライアスロン石垣島大会(主催・石垣市教育委員会、同市体育協会)が十三日同市中央運動公園とその周辺で開催された。宮古ジュニアトライアスロンチームから八部門に十三人が出場。幸地田佳代(西城中一年)、加奈代(西城小五年)の姉妹がそれぞれ三連覇を果たすなど四部門で四人が優勝し、それ以外にも三人が三位までに入賞を果たした。
 同大会には小学校の各学年と中学校のカテゴリーに分けられ総勢百七十四人が出場。完走率は一〇〇%。宮古勢は男子が、小学三年で三人、同二年、四年、五年、六年にそれぞれ一人、中学に三人、女子が小学五年に一人、中学に二人、出場した。
 このうち女子では小学五年の幸地加奈代、中学の幸地田佳代が優勝し、三連覇となった。男子では小学三年の砂川孟生(南小三年)と同六年の古謝孝明(東小六年)がそれぞれ優勝した。
 木多伸行監督は「ランニングの練習量を増やしたのが奏功した。石垣島の子どもたちもレベルアップしており、互いが切磋琢磨してレベルを上げていくことは大変良いこと」と話し、宮古のジュニアの底辺拡大、レベルアップに意欲を示した。
 結果は次の通り。
 【男子】
 ▼小学二年(スイム50b、バイク2`、ラン500b)▽七位=浜川勝平(東)12分21秒
 ▼同三年(スイム100b、バイク3・7`、ラン1`)▽優勝=砂川孟生(南)16分23秒▽六位=川満一平(下地)18分49秒▽八位=上地志幸(同)19分26秒
 ▼同四年(三年と同距離)▽四位=川満翼(平良第一)19分44秒
 ▼同五年(スイム200b、バイク5・3`、ラン2`)▽二位=砂川竜輝(南)25分35秒
 ▼同六年(五年と同距離)▽優勝=古謝孝明(東)24分27秒
 ▼中学(スイム300b、バイク8・5`、ラン3`)▽二位=砂川将士(平良一年)36分53秒▽八位=渡真利浩(下地一年)40分49秒▽九位=浜川慎平(北一年)41分11秒
 【女子】
 ▼小学五年(スイム200b、バイク5・3`、ラン2`)▽優勝=幸地加奈代(西城)25分46秒
 ▼中学(スイム300b、バイク8・5`、ラン3`)▽優勝=幸地田佳代(西城一年)37分52秒▽二位=川満葵(平良二年)39分24秒

 写真説明・活躍した宮古ジュニアトライアスロンチームの選手ら=13日、石垣市中央運動公園
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国際交流員にユリアーネさん/宮古島市
ドイツ出身「頑張ります」

 宮古島市(伊志嶺亮市長)は十四日、同市の七代目国際交流員となるドイツ・ベルリン出身のマイ・ユリアーネさん(28)に委嘱状を交付した。ユリアーネさんは「宮古島で働くことができて本当にうれしい。頑張ります」と笑顔で抱負を話した。
 ユリアーネさんは一九九七年からミュンスター大学、九八年からはベルリン大学で日本学などを学んだ。修士論文は「日本の食文化」をテーマにするほどの日本好き。京都大学での留学経験もある。外国語能力にたけ、日本語をはじめ英語やフランス語もこなす。国際交流はドイツ国内とフランスで経験。大学でジャーナリズムを専攻したこともあり、ベルリン新聞記者などマスメディア関係の職歴を持つ。
 宮古島市国際交流員としての委嘱状交付式は市長室で行われた。伊志嶺市長は「ユリアーネさんは日本への関心を高く持っている。宮古島全体のために、興味を持って元気に働いてほしい」と期待を込めた。
 ユリアーネさんは「京都からドイツに戻り、すぐに日本に戻りたいと思っていた。宮古島は良いところで今の気持ちは本当にうれしい。いろいろと教えてほしい」と笑顔で話していた。
 ユリアーネさんは、市観光商工課に所属。各種イベントに積極的に参加するほか、ドイツ語講座などを担当する。九月から月に一度はうえのドイツ文化村で活動する。

 写真説明・宮古島市の国際交流員として委嘱状を受けたマイ・ユリアーネさん(左)=14日、宮古島市役所市長室
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