200平成18  810 木曜日

台風8号 旧盆Uターンを直撃/宮古島、暴風域に
空港混雑
32便欠航、2900人余に影響

 非常に強い台風8号は九日午後六時現在、宮古島の東北東約九〇`の北緯二五度五分、東経一二六度五分の海上にあって、西北西へ一時間に三〇`の速さで進んでいる。宮古島地方は同日午後五時ごろ暴風域に入った。最大瞬間風速は午後七時二十六分に二三・四bを観測。十日午前三時に暴風域を抜ける見込み。宮古発着の空の便は、午後から計三十二便が欠航し二千九百三十八人に影響が出た。宮古空港は、旧盆帰省のUターンラッシュと重なり、搭乗便の変更やキャンセル待ちの利用客で朝から混雑した。きょう十日は通常運航の予定。
 
 宮古島地方気象台によると、台風の中心気圧は九三〇ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は四五bで、中心の東側一三〇`、西側一一〇`以内では風速二五b以上の暴風が吹いている。九日午前零時から午後六時までの十八時間の雨量は、平良で最大二一_を観測した。
 台風に伴い、来間大橋、池間大橋は午後七時十五分にそれぞれ閉鎖された。
 宮古発着の空の便は、日本トランスオーシャン航空(JTA)と琉球エアーコミューター(RAC)が二十二便欠航、二千百三十三人に影響が出た。全日空(ANA)では宮古発着全便の十便が欠航し八百五人が足止めされた。
 空港では、予約便の変更手続きに訪れた利用客や見送りの家族らで大混雑。航空会社の職員がロビーで長蛇をなす利用客の対応に追われたり、携帯電話で状況を報告する利用客らの姿が目立った。
 旧盆で帰省していたという宮古島市城辺地区出身の二十代女性は「明日(十日)から出勤する予定だったが、搭乗できなければきょうも実家に泊まるしかない」と話していた。(砂川智江)

 写真説明・旧盆のUターンラッシュに台風が重なり混雑する空港ロビー=9日、宮古空港
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東西に分かれ「せーの」/威勢よく大綱引き
上野宮国/旧盆送り日に伝統行事

 旧盆(ストゥガツ)の送り日に当たる八日夜、上野の宮国集落に伝わる伝統行事の大綱引きが盛大に行われた。行事の始まりを告げるホラガイやかねの音が集落内に響き渡ると、住民らが宮国公民館に集まり、東西に分かれて威勢よく「せーの」の掛け声とともに大きな綱を力の限り引き合った。今年は西に軍配が上がり、「大漁」が約束された。

 宮国の大綱引きは、先祖の魂をにぎやかに送り一年の豊作と大漁を祈願するもの。一九九五年三月に旧上野村の無形民俗文化財に指定された。
 午後九時すぎ、集落の子どもや大人たちが「綱引き踊り」と呼ばれる踊りを公民館近くの交差点で披露。この後、東の雄綱と西の雌綱が、同公民館横の交差点で連結して綱引きが始まると、会場は辺り一帯熱気に包まれ、歓声が夜空に響いていた。
 参加者は力強い掛け声とともに、大地をしっかりと踏みしめ、真剣な表情で綱引きに挑戦。東が勝つと豊作、西が勝つと大漁が約束される勝負は午後十時半まで三回行われ、二勝一敗で西が制した。
 大綱引きに使用される綱は「キャーン」(シイノキカズラ)を太く編み上げて作る昔ながらのもの。昔は子どもたちが中心となり、旧暦の七夕から九日間にわたって綱引きが行われていたという。しかし、当時は宮国の海岸一帯に生い茂っていたという原料のキャーン不足や子どもの数が減ったことから、現在は祖霊を送る旧暦の送り日だけになったという。綱は当日、集落内の子どもや住民総出で作り上げた。
 集落長の砂川博岳さんは「今年も部落総出で元気に綱引きができ、うれしく思う。少子化の中で綱を作ってできるということは、まだまだこの伝統は廃れていないということ。いつまで続くか分からないが、できるだけ長く継承し続けていきたい」と話した。

 写真説明・老若男女が総出となってキャーンで編んだ大綱を引き合った=8日午後10時すぎ、上野字宮国
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九州中学野球/北、全国大会出場ならず
8強入りも福岡代表に2―3

 第三十一回九州中学校軟式野球競技大会は大会第一日の八日、沖縄市野球場を主会場に、一回戦と準々決勝が行われた。県代表の北は恩納村のONNA赤間ボールパークでの一回戦で川内南(鹿児島県一位)を延長の末1─0で破り、ベスト8進出を果たしたが、準々決勝では橘(福岡県二位)に2─3で惜敗。夢の全国大会出場はならなかった。当初の予定では、同日は開会式を行い、試合は九日からの日程だったが、台風8号の接近で一日繰り上げて試合が行われた。

 【一回戦】

0000000001━1
0000000000━0
川内南(鹿児島)
(北)砂川幸─親泊
(川)福永─鶴永
▽二塁打=前園(川)

 【評】北の砂川幸、川内南の福永、両先発の投手戦となった。延長九回まで北が1安打、川内南が3安打でいずれも無得点。延長十回からは無死満塁から始まる特別ルールとなり、北の2番伊良部修平の内野安打が決勝点となった。砂川幸は10回百二十七球の熱投。丁寧に打たせて捕る投球にバックが堅守でもり立てた。

 【準々決勝】
橘(福岡)
 1001001━3
 0020000━2

(橘)森、池内、齋藤─海田
(北)砂川幸、伊佐─親泊
▽三塁打=徳田、友清(橘)、仲間(北)
▽二塁打=齋藤(橘)

 【評】北は三回、1番仲間の三塁打と2番伊良部の内野ゴロで逆転。その後も四球などでチャンスを得た場面はあったが、橘の三投手による継投を前に決定打が出なかった。前の試合で延長十回を投げ抜いた砂川幸は四回途中、伊佐に交代。伊佐も丁寧な投球で打線の反撃を待ったが最終回に長短打を浴びて力尽きた。

 写真説明・リリーフで登板し力投する伊佐勇紀=8日、恩納村のONNA赤間ボーリパーク
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伊架橋建設予定地など視察/江崎国土交通副大臣が来島

 江崎鐵磨国土交通副大臣が八日、バイオエタノールの実証試験が行われている施設と伊良部架橋建設予定地を視察するため宮古入りした。空港では、宮古島市の伊志嶺亮市長をはじめ県宮古支庁の兼城克夫支庁長、市議会の友利恵一議長、宮古観光協会の藤村明憲会長らが江崎副大臣を出迎え、来島を歓迎した。
 江崎副大臣は午前十一時二十分すぎに宮古入り。早速、沖縄製糖宮古工場に移動し、サトウキビの糖蜜を利用してバイオエタノールを製造している施設を視察。エタノール生産のコンセプトやE3燃料事業による需要予測、製造過程の流れなどを見て回り、内容把握に努めていた。
 その後、伊良部架橋建設予定地を訪れ、事業経緯などの説明を受けた。伊良部大橋の整備効果について「大橋そのものも観光資源として活用できるでしょう。パーキングエリアは造らないのか」と興味を示した。
 視察後、江崎副大臣は「今回の目的は伊良部架橋視察が重点」と話した上で「説明を聞いて六年後の完成が何よりの楽しみ。地元の要望を真摯に受け止め、完成を成し遂げるよう努めていきたい」と述べた。
 また、バイオエタノールについて「大変な取り組みだと思うが、これから全国的に展開される事業だと思う。大いに期待している」と激励し、同日夕方の便で宮古本島を離れた。

 写真説明・伊良部架橋の工事概要について説明を受けた江崎国土交通副大臣(右)=8日、平良の久松地区
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金賞受賞を市長に報告/吹奏楽コン沖縄予選
宮古吹奏楽OB会

 第五十一回九州吹奏楽コンクール沖縄支部予選(主催・九州吹奏楽連盟沖縄支部など)で金賞に輝いた「宮古吹奏楽OB会」メンバーが八日、宮古島市役所平良庁舎を訪れ、伊志嶺亮市長に喜びの報告を行った。
 同会は、宮古在住と沖縄本島や八重山など島外に住む十六―五十三歳の幅広い吹奏楽愛好者らで結成した。五月から週に一度の練習を始め、大会に備えた。
 伊志嶺市長は「今回の受賞を受けた実力がある人々が宮古で音楽の教育に携わっているから、宮古の学生たちの音楽も素晴らしいということを改めて感じた。これからもコンクールに挑戦し、宮古の音楽が本物であることを広げていってほしい」と激励した。
 報告に訪れた長浜隆さんは「まさか金賞が取れるとは思わなかった。演奏団体をバックアップできるような市民バンドになっていけるよう力を伸ばしたい」と抱負を話した。

 写真説明・伊志嶺市長(左から二人目)に金賞の報告に訪れた(右から)伊良波篤徳さん、長浜隆さん、天野誠さん=8日、宮古島市役所市長室

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国際交流、今後に生かす/下地中生徒10人が台湾から帰島

 台湾の台中市立漢口國民中学校との国際交流を終えた宮古島市立下地中学校(亀浜敏郎校長)の生徒十人が八日、台湾から帰島し、宮古空港で解散式を行った。父母らは手作りの横断幕を持って「お帰りなさい」と出迎え。生徒たちは「ただいま」と、たくましく成長した姿を手土産に笑顔を見せた。
 国際交流事業は一九九九年から始まり、今年で七回目。七月には、漢口國民中から生徒十三人が来島し、ホームステイをし、島内観光などで異文化交流を図った。今回は下地中の一−三年生十人が参加し、今月三日から六日間の日程で台湾でのホームステイを楽しんだ。
 解散式で、団長を務めた亀浜校長は「ただいま。全員が笑顔で帰ってきた。今回のホームステイでは人の心の温かさに触れた。良い土産話がみんなにできることをうれしく思う」とあいさつ。
 同行した久貝勝盛教育長は「言葉の壁を乗り越え、心と心が通じ合う交流ができた。この交流が永遠に続くように行政の立場でも応援したい」と話した。
 生徒代表であいさつした友利太羅君(二年)は「ジェスチャーを使えば言葉でなくても通じることを学び、人の優しさや心の温かさを感じることができた。感謝の気持ちを忘れずに、台湾で感じたことをこれからの生活に役立てたい」と瞳を輝かせた。根間はるかさん(同)は「台湾は都会だった。この経験を生かし、将来は英語の先生になりたい」と笑顔を見せた。

 写真説明・手作りの横断幕を背景に、6日間のホームステイを終えて笑顔を見せる生徒たち=8日、宮古空港
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