200平成17  1114曜日

伊志嶺氏が初代市長に/下地氏に413票差

宮古島市長選

 市町村合併に伴う宮古島市長選挙の投票が十三日行われ、即日開票の結果、革新系無所属で旧平良市長の伊志嶺亮氏(72)=社民、社大、共産、民主、自由連合推薦=が、保守系無所属で旧城辺町助役の下地敏彦氏(59)=自民、公明推薦=を退け、宮古島市の初代市長に当選。伊志嶺氏は平良市長を合わせると四回目の当選となった。来年十一月の県知事選挙の前哨戦第一弾と位置付けられた今回の選挙だったが、県政奪還を目指す「反自公」勢力が増幅した形で、稲嶺県政が支持する下地氏を小差で退けた。当日有権者数は四万二千百五十七人で、投票者数は三万六千百九十五票、投票率は八五・八六%だった。

 今回の選挙は平良、城辺、伊良部、下地、上野の五市町村の合併に伴うもので、この中で唯一の革新首長だった伊志嶺氏は六月に出馬を表明。運動を先行させた。下地氏は保守系の選考作業が手間取ったこともあり、出馬表明は八月中旬にずれ込んだ。
 伊志嶺氏は三期十一年の平良市長としての実績を強調しながら、下地島空港の平和利用や自立安定型経済の構築などを訴えた。先行した伊志嶺氏は平良ばかりでなく出身地の伊良部でも精力的に動き、支持を浸透させた。また九月の衆院選で「反自公」勢力の結集で当選した下地幹郎氏が伊志嶺氏支持を打ち出したことが、従来の保守層を分断し、運動に弾みを付けた。結果的には上野で苦戦したものの平良、伊良部で手堅く票をまとめ勝利した。
 下地氏は県政与党候補をアピールし「国県との太いパイプによる経済活性化」を中心に訴え、県幹部や県選出国会議員などが応援に入り支持拡大を図ったが実らなかった。
 投票は午前七時から市内二十二カ所の投票所で一斉に始まり、午後六時(大神島と宮古南静園は時間繰り上げ)まで行われた。開票は午後八時ごろから宮古島市中央公民館で行われ、開始から一時間余すぎた午後九時十三分、宮古テレビの実況放送で「当確」が打ち出されると、伊志嶺氏の選対事務所では集まった支持者から一斉に歓声が上がり、当選を喜び合った。
 当日有権者数は四万二千百五十七人で、投票者数は三万六千百九十五票で投票率は八五・八六%だった。今回は期日前投票で有権者の約三割、一万二千五百八十二人が投票した。
 当選者に対する当選証書の付与式は今月十六日午後二時から宮古島市役所で行われる。

 伊志嶺 亮(いしみね・あきら)1933(昭和8)年1月19日生まれ。伊良部字佐和田出身。57年岡山大学医学部卒。琉球政府立南静園長、宮古保健所長、宮古病院長などを経て、64年に伊志嶺医院開業。94、98、02年に平良市長当選。05年宮古島市長当選。


写真説明=宮古島市の初代市長に当選し支持者と共に万歳で喜ぶ伊志嶺氏(中央)=13日午後9時13分ごろ、平良字下里の同氏選対事務所

 

新議員28人決まる/宮古島市議選

 

 市町村合併に伴う宮古島市議会議員選挙(定数二十八)は十三日、市長選挙と同時実施となり、即日開票され、新しい議員の顔ぶれが次々と決まった。市長選挙で当選を決めた伊志嶺亮氏を支持することを表明している当選者は十一人で、過半数に届いていない。これまで中立的な姿勢を取ってきた当選者が二人いるが、現状では伊志嶺市政は少数与党となり、厳しい議会運営を迫られそうだ。
 今選挙は旧五市町村の前議員、元職、新人合わせて四十八人が立候補。合併で選挙区が拡大し各候補とも運動に戸惑いもあったが、選挙期間中は島内を選挙カーが慌ただしく走り回り運動も激しさを増した。結局は前職が強みを発揮し、新人は苦戦を強いられた結果となった。
 当選を決めたのは、下地明(63)、新里聡(53)、平良隆(55)、仲間明典(52)、亀浜玲子(51)、友利恵一(67)、富永元順(52)、棚原芳樹(42)、嘉手納学(40)、下地秀一(55)、富浜浩(61)、池間雅昭(55)、池間豊(54)、佐久本洋介(58)、前川尚誼(52)、上里樹(47)、砂川明寛(45)、豊見山恵栄(55)、宮城英文(63)、真榮城徳彦(56)、新城啓世(58)、上地博通(55)、池間健榮(50)、与那覇タズ子(68)、山里雅彦(44)、下地智(47)、與那嶺誓雄(55)、友利光徳(55)の二十八人。

写真説明=トップ当選を決め万歳三唱する下地明さん(中央)=13日、城辺字長間の選対事務所
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投票率は85・86%/市長・市議選

  五市町村合併後初の宮古島市長選・同市議会議員選の投票率は八五・八六%を記録した。新市のかじ取り役の市長や市議の同時選挙とあってか、市民の高い関心が示された結果となった。
 今回の選挙は、選挙区と有権者数の拡大、さらに初の同時選で立候補予定者や支持者らも手探り状態に。市民と候補者が遠い存在となることで、関心が薄まり投票率の低下も懸念されていた。
 七日から十二日まで行われた期日前投票では、有権者の約三割となる一万二千五百八十二票が入った。
 このうち、上野地区は期日前投票が有権者の五割を超え、伊良部地区も過半数に近い数字になるなど、郡部二地区での関心の高さや活発な集票活動が数字となって表れた。
 本紙が八日に実施した世論調査では八五・四%が「関心がある」と答えていた。

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追い風受け、伊志嶺氏当選/保革の枠組み流動化へ

 ■解説
第一回宮古島市長選挙は旧平良市長の伊志嶺亮氏(72)=社民、社大、共産、民主、自由連合推薦=が旧城辺町助役の下地敏彦氏(59)=自民、公明推薦=をわずか四百十三票差で退けた。初代宮古島市長に伊志嶺氏が選ばれるまでの宮古の政局は激しく動いた。郵政民営化問題で解散となった衆議院選挙が九月十一日に行われ、宮古出身の下地幹郎氏が沖縄1区で当選となってから宮古島市長選は先行き不透明の状況となり、その結果は同時に行われた市議選へも影響したが複雑化する政局の中で、四十八人の中から二十八人が激戦を勝ち抜き議席を獲得した。
 ◇市長選
 旧五市町村の合併前の首長姿勢は平良市以外すべて保守系で、合併新市の選挙は保守系候補有利との声が強かったが、三年前の平良市長選以来続く保守分裂の構図もあり、先行きは不透明な状況となっていた。
 保守系の候補者選考委で下地敏彦氏擁立を全会一致で決定し、さらに最終選考まで残った前県議の坂井民二氏、旧城辺町長の仲間克氏が下地敏彦氏に協力する姿勢を示したことから、市長選については保守系有利の条件が整ったかに見えた。
 しかし、九月の衆議院選挙で下地幹郎氏が「反自公」を旗印に当選してからは、関係修復の作業がリセットされてしまった。
 革新系には下地幹郎氏の当選は好条件となり、下地幹郎氏が民主、社大、社民の推薦、支持、協力の下で選挙戦を制したことから、伊志嶺陣営は衆院選後、下地幹郎氏の支持取り付けに躍起となった。
 県内政局の流れ的に下地幹郎氏は伊志嶺支持を先月末に明言。その後、坂井氏も同一歩調となり、この段階で「自公対反自公」と保守分裂の構図も成立した。
 結局、選挙戦後半は伊志嶺陣営が平良を中心とした革新票固めと出身地の伊良部票をまとめる選挙となり、それに下地幹郎氏、坂井氏が保守票を切り崩すという構図で展開され「反自公」の保守票の一部を取り付けた伊志嶺氏が小差での勝利となった。
 ◇市議選
 今回選挙が合併による選挙区拡大と市長選との同時選となったことで、市議選の立候補者たちは困惑と手探りの中で選挙戦を戦った。
 また、市長選同様にねじれと複雑な政局も影響して、旧平良市の前職議員の一部は支持者の中に伊志嶺支持層、下地支持層が存在し、支持者の意向に気を遣いながらの取り組みとなった。
 後援会事務所を立ち上げたころから運動員不足と、なかなか把握できない支持票にほとんどの候補者が困惑と不安の中での選挙戦となった。
 しかし、これまでの支持基盤と基礎票は不安定といわれながらも前職議員の有利に働いたようだ。
(垣花尚記者)

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防災フェアーに大勢の親子連れ/市消防本部

 二〇〇五年秋季全国火災予防週間(九―十五日)にちなんだ防災フェアー「親子消防体験」が十三日、宮古島市消防本部消防署で開催され、はしご車や救急車などの試乗体験、救助訓練など多彩な催しでにぎわいを見せた。多くの親子連れが訪れ、普段体験する機会の少ない消防署の機材に触れたり、実際に体験するなどして火災予防への意識を高めた。
 このうち人気を集めたはしご車の試乗体験では、地上三十六bの高さを体験。はしご車のバスケットに乗り込んだ子供たちは歓声を上げ、三十六bの高さから眺める景色を満喫した。オートバイによる転倒事故を想定した救助訓練では、隊員たちが迅速な救助活動を展開。事故に遭遇した際の注意点や救急車の呼び方なども説明しながら、救助の様子を披露した。
 はしご車に試乗した砂川満香ちゃん(四つ)は「楽しかった。空と飛行機とたくさんの家が見えた。今度は救急車に乗ってみたい」と笑顔。父親の博明さん(四一)は「子供たちが毎年楽しみにしているイベント。消防署の機材は普段は間近で見る機会がないので、こうした催しは良い取り組みだと思う」と話した。

top.gif (811 バイト)写真説明=多くの家族づれが真剣な表情で見守った=13日、宮古島市消防本部

   あふれる熱気と笑顔/演目多彩な宮工体育祭

 「ミドゥンもビキドゥンも団結だ 走れ 跳べ 果てしなく」をスローガンに、県立宮古工業高校(兼島信雄校長)は十二日、同校グラウンドで第十四回体育祭を行った。この日のために練習した華やかな踊りや趣向を凝らした演目を披露し、応援に訪れた家族らを喜ばせた。
 小雨がぱらつくあいにくの天気だったが、生徒らの若さあふれる熱気が会場を包んだ。リレーや組体操、大なわとび、リズムダンスなど多彩な演目が続き、生徒らの笑顔がはじけていた。
 一年生による二十九人三十脚競走では、各クラスが一丸となってゴールを目指した。呼吸が合わず何度も再スタートするクラスもあったが、「イチ、ニ、イチ、ニ」と掛け声を発しながらゴールに飛び込んでいた。
 また、女子生徒全員が参加した仮装リレーでは、看護師やお姫さまに扮した生徒がグラウンドを走り回り、会場を大いに沸かせた。

写真説明=29人30脚競走でゴールを目指す生徒たち=12日、宮古工業高校グラウンド

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