200平成17  1025曜日

「反自公」路線の姿勢貫く/下地幹郎氏・伊志嶺氏を支持

 十一月十三日に投開票が行われる宮古島市長選で、その意向が注目されていた宮古出身で衆議院議員の下地幹郎氏が伊志嶺亮氏(72)=民主、社民、共産、社大推薦=を支持する方針を固めていることが二十四日までに分かった。下地氏本人は現段階で「白紙」を強調し、明言を避けているが複数の周辺関係者によると「今後、伊志嶺氏を支持することはほぼ間違いない。あとは、関係各方面との調整だけだ」との見解を示している。
 下地氏は九月に行われた衆院選で「反自公」を掲げて自公路線候補に勝利し、今回の宮古島市長選では伊志嶺氏の対立候補となっている下地敏彦氏(59)=自民、公明推薦=が二十一日に公明の推薦を受けて「自公体制」となったことを受けて今回の方針となったようだ。
 周辺関係者の一人は「下地敏彦氏に公明党が推薦を出した段階で『自公体制』が成立した。衆院選に『反自公』で勝利した下地幹郎氏が下地敏彦氏を支持することはほぼなくなり、伊志嶺支持を打ち出すことは時間の問題になっている」と述べた。
 二十三日に急きょ宮古入りした下地幹郎氏は、一部の市議立候補予定者に対し、今月二十八日にも宮古入りを予定していることを説明し、それまでには方針を示したいとの意向を説明したようだ。
 下地幹郎氏は、一九九六年十月の衆院選で比例区九州ブロックで初当選した。しかし、自公路線の成立していた沖縄1区だったことから二期目の選挙では選挙区からの出馬を求めたが自民党本部からの意向を受け入れて再度比例からの出馬で当選した。
 選挙区からの出馬の意向が強かった下地幹郎氏は二〇〇三年の衆院選では無所属で選挙区から出馬するも公明党公認、自民党推薦の白保台一氏に敗れた。しかし、その後は「反自公」を掲げた動きを激しく展開し、今年七月にはこれまでの動きに対して自民党県連が下地幹郎氏の除名を求めた。これを受けて党紀委員会は下地幹郎氏に離党勧告処分の判断を下し、下地幹郎氏は自民党を離党している。
 郵政民営化問題で衆議院が八月に突然の解散となり、九月の総選挙では反自公の保守支持層と民主、社民、社大の推薦、支持、協力を得て下地幹郎氏は選挙戦に挑み沖縄1区で初めて選挙区からの当選を果たした。
 沖縄1区の下地幹郎氏の勝利で「反自公」を旗印に民主、社民、社大とも来年秋の県知事選に向けた動きを展開しており、宮古島市長選は県知事選に向けた最初の攻防戦となる。
 稲嶺県政、自民党県連側も「自公」立て直し選挙のスタートとの位置付けで対立する民主、社民、社大など革新勢力は「反自公」の動きを勢い付けるための選挙としていることから宮古島市長選も今後は「自公」対「反自公」の構図も加わって展開されそうだ。

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大熱戦、西軍に軍配

宮古毎日新聞社創刊50周年記念東西対抗剣道大会

 宮古毎日新聞社創刊五十周年記念東西対抗剣道大会(主催・宮古毎日新聞社、共催・宮古郡剣道連盟)が二十三日、宮古島市立北小学校体育館で開催された。六十八人の剣士が参加し、東軍、西軍に分かれ、日ごろの鍛錬の成果を競い合った。両軍とも十七勝となり、総本数で上回った西軍が勝利を収めた。剣士らの激しい打ち込み、気迫あふれる掛け声で会場は熱気に包まれていた。安谷屋豪一教士七段と大浦辰夫錬士六段による特別試合も行われ、参加者の熱い視線を集めた。(8面に写真特集と勝敗表)
 大会には小学二年生から一般までの剣士が集合した。先ぽう戦は小学二年生による対決。会場中に「メン、メン」とかわいらしい声を響かせながら、一生懸命竹刀を振っていた。
 対抗戦の前半は西軍がリード。後半は東軍が巻き返し、互いに十七勝を挙げた結果に。勝負は両軍の総本数で争われ、36―34で西軍が勝利した。
 宮古郡剣道連盟顧問の安谷屋教士七段と、同連盟会長の大浦錬士六段による特別試合は、緊迫した雰囲気の中で行われた。熟練の剣士二人による激しい技の応酬に、参加者らは息をのんで見つめていた。
 開会式で松原清吉編集局顧問は「本社も五十年の節目を迎え地域・文化の向上と青少年の健全育成のため大会を開いた。大会を実のなるものにしてください」とあいさつ。
 大浦辰夫会長は「歴史をつくる初の東西対抗の開催を光栄に思う。練習の成果を発揮して頑張ってください」は激励した。
 大会終了後、安谷屋教士七段は「素晴らしい試合を見せてもらった。今後も間合いや技の変化について研究を重ねてもらいたい」と講評した。
 大会は剣道を愛好する者が一堂に会し、対抗戦を通して交流を深めるとともに、正しい剣道の普及や心身の鍛錬を行い、宮古の発展に寄与する人物を育成することが目的。

 写真説明・大将戦の東軍・城田と西軍・根間の対戦。力強い打ち込みを応酬した=23日、北小学校体育館
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辺土名さん(平良支部)が最優秀賞

JA県青壮年大会・青年の主張

 第十五回JA沖縄県青壮年大会(主催・JAおきなわ青壮年部)が二十一日、那覇市内のホテルで開催され、「JA青年の主張発表」に平良支部代表で出場した辺土名忠志さん(44)が見事、最優秀賞に輝いた。辺 土名さんは「脱サラ農業後継者の夢」と題して、農業へ取り組むきっかけや夢を堂々と主張。二十四日、JAおきなわ宮古地区事業本部を訪れ、下地隆弘本部長に「非常にうれしい」と喜び、受賞を報告した。
 同大会は、JA青壮年部の活動体験交流と討議を通して、自らの営農と生活を守り、地域農業振興を図るために各自の研さんを深め、同部活動を強化、発展させる目的で開催。▽JA青年の主張発表▽JA組織活動実績発表▽講演、農業視察―などが行われ、宮古から主張発表の部に四人が、組織活動実績発表に二人がそれぞれ参加した。
 辺土名さんは、十七年間勤めていたJAを退職し、マンゴーとサトウキビを営む脱サラ農業二年生として取り組んでいる農業へのきっかけや夢に対する主張を熱弁し、「農業は最も人間らしい仕事。誇りを持って明るく元気に農業を」と呼び掛けた。最優秀賞を受賞して辺 土名さんは「非常にうれしい。九州大会でも、心新たに頑張って宮古をアピールしていきたい」と喜びと抱負を話した。
 報告を受けた下地本部長は「かなり上位の成績に輝くだろうと期待していたら、予想通りだった。圏域の活動では、宮古地域は最先端だと自負がある。他の青壮年のリーダーとなるようにこれからも頑張り、九州大会でも健闘を祈願している」と激励した。
 九州大会は十一月二十九日に、熊本県で開催される。
 受賞者(宮古関係者のみ)は次の皆さん。(敬称略)
 【JA青年の主張発表】▽最優秀賞=辺土名忠志(平良支部)「脱サラ農業後継者の夢」▽優秀賞=豊見山恵昌(下地支部)「生涯楽しみたい仕事」▽長浜国博(伊良部支部)「父が残してくれた言葉『成功への道』」▽新里勝美(多良間支部)「仲間と共に歩む」
 【JA青年組織活動実績発表】▽優秀賞=長浜義信(城辺支部)「仲間と共に楽しい農業を」▽大嶺安男(上野支部)「地域社会へ協力する喜び」

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総勢200人が舞踊を披露/宮古島婦人会大演芸会

 宮古島市誕生に伴い「宮古地区婦人連合会」から「宮古島婦人会」と改称した同婦人会(下地正子会長)の第一回大演芸会が二十三日、マティダ市民劇場で行われた。テーマは「女性の笑顔は平和のシンボル」。各婦人会から総勢約二百人が出演し、衣装も鮮やかに琉球舞踊や日本舞踊などを披露した。会場を埋めた観客たちは次々と繰り広げられる舞踊を楽しみ、惜しみない拍手を送っていた。
 あいさつで下地会長は「厳しい世の中でこそ私たち女性は輝く笑顔を持たなければならない。有形無形の伝統文化を守り育て後世に伝えることで、人間味あふれる地域社会をつくることが婦人会の役目。『明るく住みやすい地域創り』のため、問題解決のため努力していく所存」と意欲を見せた。
 舞台は宮古島婦人会による「トウガニあやぐ」で幕開け。優雅に舞を披露し、改称した婦人会の発展を祝った。
 出演団体は次の通り。
 ▽宮古島婦人会▽与那覇冴子▽佐良浜学区婦人会▽城辺学区婦人会▽鏡原学区婦人会▽上野学区婦人会▽池間学区婦人会▽茜屋出雲流出雲松景星教室▽伊良部学区婦人会▽宮古フォークダンスクラブ▽砂川学区婦人会▽久田本流久田多嘉子舞踊研究所▽茜屋出雲流出雲松宮路▽福嶺学区婦人会▽北学区婦人会▽福建省武術協会伝統太極拳宮古支部▽下地学区婦人会▽西城学区婦人会▽東学区婦人会

 写真説明・宮古島婦人会による幕開け「トウガニあやぐ」=23日、マティダ市民劇場

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豊穣感謝と繁栄祈る/西原で伝統祭事ユーク

 平良字西原の伝統祭事「ユークイ」が二十三、二十四の両日、同地区で行われ、ナナムインマと呼ばれる神女たちが五穀豊穣に感謝するとともに集落の繁栄と人々の健康を祈願した。
 神女たちは、二十三日の晩に大主神社にこもり、二日目の二十四日には集落内九カ所の御嶽を巡って祈りを捧げた。午前十一時ごろには、集落内のンマヌパ御嶽で神歌を歌った後、ナナムインマを九年間務めて卒業した三人のインギョー(隠居者)一人ひとりを全員で胴上げし、これまでの労をねぎらった。御嶽を巡る女性たちは、頭にキャーンを乗せて白装束を身にまとい、「ユーンティル(富貴が満ちるように)」を唱和しながら練り歩いた。

 写真説明・インギョーを胴上げし卒業を祝福した=24日、西原集落内のンマヌパ御嶽

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   全員完走で喜び分かつ/光の村養護学校「卒業トライ」

 高知県と埼玉県にある、光の村養護学校(土佐自然学園・西谷壽子校長、秩父自然学園・小峯淳校長)高等部三年生の生徒十二人が、恒例となっている「宮古島卒業旅行トライアスロン」に、今年も三日間かけて挑戦した。最終日となった二十四日にはランが行われ、全員が見事に完走を果たした。生徒らは満足した表情を父母らに見せ、手を取り合って喜びを分かち合っていた。
 同校の宮古島でのトライアスロンは一九九〇年より行われ、今年で十六回目。卒業旅行の一環でトライアスロンを行い、スイム三`、バイク一五五`、ラン四二・一九五`を一日一種目ずつ挑戦し、二十二日にはスイム、二十三日にはバイクの各競技が行われた。
 5時間21分かけて完走した岩上豊彦君(土佐・三年)は「走っている途中に左足のけいれんを起こしてしまい、とても痛かった。大変だったけど夢中で頑張った分、良い思い出になった」と笑顔。
 西谷校長は「走ったり、自転車に乗ったり泳いだりすることができなかった子供たちが、気力や体力をつけながらきょうの日を迎えられ、全員が完走できたことに感激している。ここまで成長した姿を見ると、無限の可能性を持っていると確信する」と話した。
 また、宮古島市陸上競技場のゴール地点では宮古島市役所企画政策部の久貝智子部長や同部地域振興課の職員らが、完走した生徒に全日本トライアスロン宮古島大会と同じ完走メダルをプレゼントし、健闘をたたえた。
 

  

 喜びを体で表現しながらゴールテープを切る生徒ら=24日、宮古島市陸上競技場



2日目はバイクに挑戦した。島を1周半する155`のコースを走る=23日、下地字与那覇
 


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