200平成16  4 28 曜日

3町村合併を推進へ/上野村議会・「5市町村は時期尚早」

 多良間村の兼濱朝徳村長が正式に市町村合併協議会からの離脱を表明したことを受け、上野村議会(平良隆議長)は27日、全員協議会を開き、以前、同村の川田正一村長が示した3町村(上野村、城辺町、下地町)合併を支持する方向でまとまった。川田村長はきょう28日に行われる市町村長会議で3町村合併案を上野村の姿勢として報告する方針。一方、城辺町、下地町は5市町村での合併推進を確認している。

 5市町村合併案は多良間村を除く、平良市、城辺町、伊良部町、下地町、上野村での合併案で、上野村以外の4市町村は5市町村合併推進を確認済み。
 午後2時から同村役場で行われた協議会では「住民アンケートの結果、村民の大半が3町村での合併に賛成だったが、多良間村が脱退した場合の5市町村合併については調査していない。5市町村で合併するならば改めて村民の意向を聞かなければならない」、「城辺町、下地町の動向を見極める必要がある。3町村での枠組みが可能であるなら3町村を推進したい」など3町村合併を支持する意見が大半を占め、議員の多くが現段階で5市町村合併を結論付けるのは時期尚早との考えで一致した。
 議会としての方針を受け、川田村長は「住民の選んだ議会が『時期尚早』という判断を下した。各市町村長に上野村の態度として報告する」と述べた。また、5市町村合併に対し、「すぐに法定協議会を立ち上げるのではなく、各市町村長同士が任意で話し合い、意見を出し合う任意協議会の開催を提案し各市町村長と話し合いたい」とコメントした。

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5市町村での枠組み決定/下地町議会・新しい合併協の立ち上げで

 下地町議会(川満廣俊議長)は27日、全員協議会を開き、多良間村を除く宮古5市町村による合併協議会の立ち上げを賛成多数で決定した。きょう28日に開かれる市町村長会議で下地町の方針として報告され、5月上旬に予定している臨時会で議会議決する。
 合併に反対する議員からは「多良間村の離脱がはっきり決まってから下地町の方針は決めたほうがいい」「合併しても将来の見通しがない状態で決定してもいいのか」との意見があったが、合併賛成の議員らは「多良間村が抜けたことで、新市計画や協議の内容が大幅に変更されることはない」「議会は責任を持ってリードすべき」などこの日で方向付けを求める声が上がった。
 最終的に、川満議長が5市町村で合併協議会を設置することを諮った結果、「異議なし」で5市町村の枠組みに決定した。
 この日の協議会の冒頭では三役も出席。議員からの「自立する考えはないのか」との質問に対し川満町長は「交付税も年々減らされ、事務的経費削減にも限度がある。合併しないと住民サービス低下は目に見えている」として合併の必要性を述べ、自立する方針はないことを示した。
 1日に開いた市町村合併調査特別委員会で合併反対の姿勢を見せていた垣花武一氏は「合併しないとやっていけない」として合併賛成の意向を示した。

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議席奪還に気勢/県議選平良市区・新人 奥平一夫氏が事務所開き

 6月の県議選で平良市区(定数1)に立候補を予定している新人の前平良市議会議員、奥平一夫氏(54)の後援会事務所開きが27日夕、平良市西里で行われた。奥平氏は「今の状況では宮古の住民の声を県政に届けることができない。しっかりと県政に意見が言える県議が必要だ」と訴え、革新議席奪還に強い決意を示した。
 後援会長の伊志嶺亮平良市長は「出馬表明以来、沖縄本島や平良市内を歩いてみると、奥平氏が出ることを待っていたという声がとても多い。支持者の気持ちが燃え上がっている。超短期決戦になるが市議会議員3期11年間の実績と人柄を訴えて当選までいこう」と述べた。
 奥平氏は2年前の西原産廃火災後の県の対応を例示しながら「県の対応がなまぬるかったから事故を引き起こした。その後、半年以上も放置してから調査委員会を送り込んできた。現職県議は地元住民の苦しみを県に伝えていない。県に抜本的な対策をしっかりと求めていく」と述べるなど、「地元の意見を県政に届ける」と強く訴えた。
 そのほか市議団を代表して友利恵一氏、後援会顧問の真喜屋浩氏、市民代表らが次々と登壇し結束を訴えた。奥平氏は選挙が直前に迫ってからの立候補の表明だったが、多くの支持者が集まり、4年ぶりの革新議席奪還を目指して気勢を上げた。

 写真説明・議席奪還を目指して支持者らが気勢を上げた=27日、平良市西里の後援会事務所
 写真説明・支持を訴える奥平氏

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久貝清徳さん(平良市出身)が受章/春の褒章・保護司として長年活躍

 【那覇支局】政府は2004年春の褒章受章者を決定した。29日付で発令される。沖縄関係者は10人で、うち宮古関係は平良市出身で保護司の久貝清徳さん(78)=具志川市宮里=が、藍綬褒章・更生保護功績を受章。「身に余る光栄」と喜び、関係者に深く感謝した。

 「32年間の警察勤務を終えた後、年金を頂くだけでなく、社会奉仕をしたいという気持ちがあって、保護司を引き受けた」と久貝さん。具志川市役所からの呼び掛けに応じ、1981年6月から始めた。
 「保護司は、罪を犯した人が再び犯さないように更生指導するのが仕事だから、相手の心を開かせ、信頼関係を築くのが一番大事」と話す。保護観察の少年、少年院の仮退院者、刑務所の仮出所者、執行猶予者を対象に、現在まで23年間に100人以上と向き合った。
 「青少年が一番難しい。ひねくれた者が多く、なかなかまじめになれない。生活を安定させるためにいい仕事を持つ。そのために技術を持ち、ある程度学問も身に付ける。悪に染まりそうな遊びをせずに、良い趣味を持つことなどを個人個人を見て助言し指導する」と話す。
 「不良だったのが大人になって、『結婚して技術を持って頑張っているよ』と言ってくるときなどは本当にうれしい」と明るい表情を見せ、「そのためにも自分自身が日々生活を正さないとならない」と気を引き締めた。
 保護司は来年4月で定年という。「その後は老人会活動を楽しく続けたい」と笑顔で語った。

 久貝 清徳(くがい・せいとく) 1925(大正14)年9月2日生まれ。平良市(七原)出身。44年3月台北第二中学校卒。同年8月から兵役に就き台北陸軍病院配属。45年の終戦後、沖縄本島へ。48年米施政権下の沖縄警察本部に採用。以来32年間、主に中部地区で警察勤務。81年3月具志川署交通係長を最後に56歳で勧奨退職。同年6月から保護司となり23年余。現在、中部北区保護司会会長。具志川市字宮里老人会会長。妻の京子さんとの間に2男1女。

 写真説明・「身に余る光栄」と受章を喜ぶ久貝さん

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思い出胸に帰路/トライアスロン・選手たち「また来年」

 25日に行われた第20回全日本トライアスロン宮古島大会(主催・宮古広域圏事務組合など)に出場した選手らは27日、続々と帰路に就いた。宮古空港では、バイクケースなどの大きな荷物と大会の思い出を抱えた選手とその家族らでごった返した。
 初出場の八田嘉一郎さん(42)=福井県=は「島の人たちが温かかった。ベストコンディションで自己記録も出た」と、大満足の様子。一緒に来島した妻・好美さんは、自転車で追い掛けながら島内各地で嘉一郎さんを応援した。「途中、道に迷ったが、地元の人が自転車を車に乗せて私が応援したい場所まで連れて行ってくれた。本当に感謝している」と思い出し、涙を浮かべた。
 村越清司さん(36)、久美子さん(30)夫妻=東京都=は、共に2年連続2度目の出場。清司さんは、昨年の台風14号による被害が気になっていたというが、「立ち直っていたので良かった」と安ど。「ただ、風力発電施設の羽根がなかったのが寂しかった。(出場選手に)選んでもらえれば、来年は風車を見ながら走りたい」と語った。久美子さんは「相変わらず楽しい大会。去年は自分の方が速かったが、今年は夫が先にゴールした。今年は風がきつかった」と振り返った。
 6度目の挑戦だった渡邊友宏さん(56)=名護市=は、今年4位に入った田村嘉規さん(35)=同=と、通っているプールで顔を合わせることもしばしば。今大会のスタート直前も田村さんに気遣いの言葉をもらい、「すごく感激した」と、トライアスロンを通じた交流の良さを強調。一方でレースについては、「スイムからバイクへのトランジッションで歩く距離が長い。もう少し工夫できないか」と、注文も付けていた。

 写真説明・大会の余韻に浸りながら帰路に就く出場選手ら=27日、宮古空港

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 増産は土づくりから/「さとうきびの日」キャンペーン

 宮古地区農業振興会とJAおきなわ宮古地区営農センターは27日午前、「さとうきびの日」関連キャンペーンを実施した。キャンペーンにはサトウキビ生産農家ら関係機関・団体から約70人が参加し、城辺町下北のサトウキビ畑に緑肥をまいてサトウキビ増産に向けた土づくりをアピールした。さとうきびの日スローガンも宣言し、年間生産量32万トンの早期達成などを誓い合った。
 さとうきびの日のキャンペーンは県内全域で毎年4月の第4日曜日に実施されている。宮古地区は今年は25日にトライアスロン大会が開催されたため、期日をずらして行われた。キャンペーンでは参加した農家ら関係者が緑肥をまき、さとうきびの日のスローガンとして@生産目標32万トンの早期達成A緑肥作物による土づくりによる反収アップB肥培管理の徹底による品質の向上C地下水保全のため緩行性肥料の利用促進D防災営農によるサトウキビ栽培の振興―を掲げ、目標達成に向けて全力で取り組むことを確認した。
 開会セレモニーでJAおきなわ宮古地区営農センターの下地隆弘センター長は「増産方法にもいろいろあるが、まずは地力アップを図ることが大切」と述べながら緑肥効果を強調。その上で「生産量を30―35万トンにするために、一致団結して頑張っていこう」と参加した農家らに呼び掛けた。
 県宮古支庁の安和朝忠支庁長は「緑肥作物を利用した土づくりによるキビの収量増加、肥培管理による品質向上、台風災害を想定した防災営農対策を積極的に推進していきたい」と約束。城辺町の仲間克町長は「サトウキビは宮古の農業になくてはならない作物。台風にも強く、昨年の台風被害からも何とか持ち直している。今後、行政としても土づくり、機械化の促進に向けて取り組んでいくので農家の皆さんも意欲を持って頑張ってほしい」と激励した。
 宮古地区の2003―04年産サトウキビは昨年9月に発生した台風14号による大きな被害を受けながらも何とか持ち直し、生産量は27万8818トンで、農家手取り総額は58億円だった。

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