行雲流水

 毎年この時季になると懐かしく思い出すことがある。東京K大学で研修生仲間として過ごしていた友の実家でのことである。正月はぜひわが家でとの誘いを受けた沖縄県と宮崎県派遣の研修生四人は友に同行して長野に向かった▼実家の裏手は彼方まで田畑だといい雪一面の銀世界になっていた。鹿子斑(かのこまだら)に雪が点在する庭の中央には巨大な幹周りのリンゴの木が一本存在感を誇示しソフトボールほどのリンゴを枝もたわわに実らせていた▼しかし色づきは赤と薄緑が半々で店頭で見るリンゴとは異なっていた。枝先のリンゴを握った友は「こうして太陽に向けて回転させ全体をむらなく赤くするんですよ」と説明した。目からうろこが落ちた。家族用に実らせたリンゴの味は特別だった▼翌朝早く友の年老いた両親は掘り炬燵で私たちの起床を待っていた。朝食のご飯は自家産の新米だと紹介した。大粒でふっくらと輝きまさに銀飯≠セった。中でも小皿に整然と盛られた漬物の風味と歯ざわりは例えようがなかった▼どんなに絶賛しても言い足りないと思った。両親はにこにこしながら「信州特産の野沢菜です」と教えた。東京への帰途飯山線の電車の窓越しに駅の構内に大きな葉っぱがずらりと吊されているのが見えた▼葉柄が太くて長く「野沢菜」と表示されていた。これか!と心が弾んだ。駅名にはずばり野沢≠フ二文字も踊っていた。信州長野で漬け菜といえば「野沢菜」をさすと言う。友人宅で食した新米と野沢菜漬けの味は今でも忘れられない。そして人の情も…

(2007/01/26掲載)

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