行雲流水

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」は、近代的自由平等思想の出発を示す福沢諭吉の『学問のすすめ』冒頭の言葉である▼彼はまた、貧富貴賤の差が存在し「雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや」と現実を批判、告発している▼それから百三十有余年、時代は変わったが「格差の拡大」というかたちで問題は未解決のまま深刻さを増している。しかもそれは人為的制度によるものである▼戦争の惨禍と戦後の苦難の歴史を経てきた国民は日本国憲法に新しい時代の光明をみた。第二十五条にいわく「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。能力に応じて働けば誰でも不安なく生活が出来るということの保障であり、文化の基礎である良心を規制されたり歪められることなく個性の創造的伸長が図れるということの保障である▼高見順に「ガラス」と題する次のような詩がある「ガラスが/すきとほるのは/それはガラスの性質であって/ガラスの働きではないが/性質がそのまま働きに成っているのは/素晴らしいことだ」。人間に即していえば、人間存在そのものの尊厳をうたい、それぞれの個性の響きあう文化を称えていると、捉えることも出来る▼ともあれ、戦後の日本は、平和で民主的な文化国家を理想に掲げて歩んできた。そして、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(第十二条)という所期の決意を再確認することが今重要である。

(2006/11/01掲載)

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