行雲流水

 仕事にはいろいろな種類があって、人はそれぞれの専門の知識や技術・技能を生かして生計をたて、社会や人々に貢献する。その支えあう総体が社会である▼理容もその仕事の一つ。理容師法には「頭髪の刈り込み、顔そりなどによって客の姿を整える」とある。姿をさっぱりと整えられた客は気分もさわやか、幸せな気持ちになる。ありがたいことである▼マスメディアが発達していなかった時代には理容店はまた、人々の交流の場であり、情報交換の場であった。いまでも、地域の生の情報がいち早く伝わってくるという▼理容店は移り行く時代のなかでその時々の世相を映しだす鏡である。また、ふさふさの黒髪があっと言う間に白髪やハゲ頭に変わっていく悲哀など、人生の哀歓を映す鏡でもある▼一つの話題を紹介しよう。理容師の中には五十五年間、またその夫人は五十三年間、理容の道一筋に歩んでこられた方もいる。その間、二十七人の弟子を育てた。その多くが見習いから始めて、国家試験にパス、現在各地で活躍している。先に挙げた方は今年喜寿を迎え、先日その祝賀会が開かれたが、招かれたのはかつての教え子(弟子)と同僚だけだった。仕事と仲間への思いの深さが感じられる。若い頃教えを受けた一人は語っている「仕事に対する心構え、温厚な人柄、円満な家庭、すべてが僕たちの模範であり目標である」▼初期の頃、正月前にはランプの下でおそくまで仕事をしたという。その頃使っていたほやランプが今、店内に吊されていて、初心を忘れずこの道一筋に歩んできた誇りを象徴している。

(2006/10/18掲載)

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