行雲流水

 二つの話を聞いた。一つは遺伝子の話、あとの一つは脳についての話である▼ヒトの体は約五十兆個の細胞から出来て、その一つびとつが三十億の遺伝子を持っているという。その中で発現して機能しているのはほんの一部で、残りの大部分は「眠った状態」である。ということは、否定的な側面を含めてヒトは多様な可能性を持っているということである。重要なことは、良質な文化的刺激によって望ましい遺伝子を目覚めさせることである▼一方で、ヒトの精神活動や運動をつかさどるのは脳であるが、逆に運動や精神活動が脳を支配しているとも言えるという。たとえば、テニスの練習をすると、脳の中でそれ専用の回路がつくられて、以後情報がスムーズに通り、体がスムーズに動くようになる。脳の場合もその能力のほんの数パーセントしか活用されていないということである▼遺伝子と脳細胞、いずれの場合も、環境や経験(学習)が、体の中に深く刻み込まれることがますます明らかになってきた▼ところで、最近の世相には価値観のゆがみや人命の軽視がみられ、人心を暗くさせている。例えば、親に虐待される子供たちがいる。そんな子供たちの体の中で、どんな遺伝子が目覚めるのだろうか。また、脳の中では、どんな回路がつくられるのだろうか。その悪循環が心配される▼文化的な刺激によって、より高い人間性を出現させる遺伝子を覚醒させ、望ましくない遺伝子を目覚めさせないこと、豊かな経験や学習によって、脳の機能を十分に発揮させる営みこそが教育というものであると、改めて思う。
 

(2006/07/12掲載)

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