行雲流水

 南総里見八犬伝は伏姫と八房(犬)に始まる一種の「犬婿入り」である。沖縄には、飼い犬に、敵の大将の首を取ったら望みのものをやるという約束が、娘を犬にやるはめになり、犬と娘を船に乗せ流す。船は宮古島に着き、犬と娘は宮古人の祖先となったという。ナーク(宮古)インヌクヮー(犬の子)伝説がある▼城辺友利の「嶺間御嶽由来譚」、与那国の「いぬがん伝説」は女と犬が暮らしていると、そこに男が漂着し、その二人から島が栄えたという類似の話がある。ともかく犬にまつわる説話や逸話は古今東西を問わず多い▼勇猛果敢で、忠誠心の強い犬だが、何故かスパイ、密告者を「犬」といい、卑怯な武士を罵るのに「犬侍」、無駄に死ぬことを「犬死」などという▼太古から犬は人に寄り添うように生きてきた。そのしがらみや愛執が、こうした言葉や説話を生み出したのだろう。「犬も歩けば棒に当たる」は「でしゃばると災難にあう」、「出歩いて幸運にあう」とも、前者が本来の意味だが、いまは後者が広く用いられているというのも面白い▼「生類憐みの令」は、戌年生まれの五代将軍綱吉が、仏教の慈悲で人心を教化するのがねらいであった。「慈悲は鳥獣にまで及ぶ」、という自然や動物愛護の思想は現代にも通じる価値観だが、役人らの権威主義により過酷な虐政に転化され、人々から「犬公方」と罵られた▼ともあれ今年は丙戌、干支の五行説を見ると丙は火、戌は土で、相性がいいとあるからよい年になることを念願するのみである。

(2006/1/6掲載)

<<<行雲流水ページにもどる