行雲流水

 この季節、全国各地で「第九交響曲」の演奏会が催される。またNHK交響楽団の演奏が放送され、年末恒例の風物詩となっている▼この曲の終楽章ではシラーの詩「歓喜に寄す」が高らかに歌われるが、「おお友よ、このような調べではなく、もっと快く、喜びに満ちた歌をうたおうではないか」という冒頭の部分はベートーベン自身が書き加えたものである▼この背景には、当時ヨーロッパを支配していた暗黒の圧政があった。独裁と戦争、飢えと貧困、また差別と憎悪に対する否認がそこにはあり、自然と人間を称え、人類愛と、抑圧からの開放を求める思想が込められている。「汝の力はこの世のひきさいたものを、再び結びつける。汝の優しい翼がはばたくところ、人々はみな兄弟となる」▼一八二四年、この曲がウィーンで初演されたとき、熱狂する聴衆の拍手がまったく聞こえず、独唱者のウンガーが壇上に立ちつくすベートーベンの体を聴衆の方に向けて人々の感激ぶりを見せてやったという有名な話が語り継がれている▼聴覚障害という絶望と孤独、さらには貧困の中で、過酷な運命と闘い、清冽で荘厳なこの曲を彼は書きあげた。「苦悩をつき抜けて歓喜に至る」、これが「第九」のテーマである▼統一ドイツが再生したとき東西ドイツの音楽家が一堂に会してこの「歓喜の歌」をうたった。また長野オリンピックの開会式では五大陸を結んで小沢征爾の指揮でこの曲が演奏された。初演から百八十一年、「第九交響曲」の歌いあげるメッセージはいよいよ新しい。

(2005/12/28掲載)

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