行雲流水

 三十数年ぶりに母校の高校を訪れた友人は校門を通過するや「もう僕の居場所はないな〜」とつぶやいた。そして思い出の縁(よすが)が見い出せないほどに様変わりしてしまったという母校の姿に沈み込んだ▼在学三年間の思い出との落差が大きすぎたのかしきりに長嘆息をもらしていた。道すがらも車窓から拡張中の通りに目を見張り繰り返し驚きの言葉を口にした。驚きは通りの発展を意味する表現かと思った。しかし彼は声を湿らせながら「ふるさとが消えていく」と続けた▼市場通りでは車外に広がる空き地を見やり「ここは市場通りより駐車場通り≠ェふさわしいのでは」と強烈に皮肉った。久方ぶりに訪れた通りの余りの変化に彼は故郷宮古島についても認識を大きく異にしたようだった▼鴨長明いわく「行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。(中略)世の中にある人と栖(すみか)と又かくのごとし」(『方丈記』)世の事態が時と共に推移変化するのは常のことである▼そうだと知りつつも彼は目にした通りの拡張変化は必ずしも地域の発展に結びついていないと直感し嘆き悲しんだのである。かつて私たちは海岸線を根底から覆すほどの護岸工事でさえ地域発展の証として謳歌した▼バブル経済がはじけ周りを見つめ直す静けさを取り戻した時ようやく発展成長を隠れ蓑に代価なき破壊≠際限なく続けてきたことに気づきだした。地域固有の原風景は彼のみならず観光客にとっても心のふるさととなるはずである。

(2005/11/25掲載)

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