行雲流水

  名著『博士の愛した数式』を書いた芥川賞作家の小川洋子氏と著名な数学者である藤原正彦氏の対談を本にした『世にも美しい数学入門』が素晴らしい▼小川氏は書く「先生はまるで詩を朗読するように、音楽を奏でるように、数学の美について語り、数学の世界に隠された真理がいかに崇高な永遠を体現しているかを示す」。一方で、藤原氏は対論を通して小川氏の数学的発想の鋭さに驚く▼この名コンビで「数学の圧倒的な美しさ」を追求していく。取り上げられている話題はかならずしも特異なものではない。例えば、「三角形の内角の和は180度である」という定理がもつ何物にも侵されない永遠の真理の美しさについて語る▼この定理の証明は中学生でも学校で学んでいる。三角形の形や大小に関係なく、今も何時までも変わることのない真理である。そこに美を感ずることが出来るかどうかは美的感受性の問題である。残念ながら、そこまで観照出来る教育は一般には行われていない▼「0」の発見の文明史的な意義、素数=混沌の中の美の秩序、円と無関係に登場するπ(ぱい)の不思議さなどの話題が展開される。数学者の世界も興味深い。世界でまだ解けていない問題を解くことにしか意味はないと言う。「フエルマー予想」を解くのにワイルドは八年もかけている。未来永劫に解けない悪魔的問題もあるという▼地位や名誉、金銭的利益に関係なく真理の探究のみが価値を持つ世界に感銘を受ける。「人間精神の栄光のために数学をする」と言えり(ヤコービ)。

(2005/07/13掲載)

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