行雲流水

 アメリカには「英国王室の非難はしない」という言葉があるという。その真意は、話題の当事者が目の前にいないと話は話し手の一方的な流れに乗って進展するし話題の主に反論の場を与えない陰での話し合いは不公平だということらしい▼普通「批判」というのは、当事者にはっきりと指摘すべき点を知らしめたうえで行うもので、反論・申し開きの余地を保証するので『紳士的』である。しかも、論拠に客観性が要求されるので、当然のことに分析・検証・統合(判断)の価値づけがなされなければならない。感性よりも理性であり「是か非」を基準とする▼一方「非難」は、話題の主の目をかすめて陰でなされるので話し手の感情の赴くままにいくらでも進展していく。反論の場を保証するという民主的ルールはまったく無視される▼尾びれをつけてほしいままに誇大に言いなすはこのルール違反に源泉がある。そして事の価値づけは「是か非」ではなく「好きか嫌いか」の感情を基準とする▼「批判」は終局において共に向上することを前提とする。「非難」は、他を陥れる快感を潜在的に求めている。私的憤りは、公的場に止揚(しよう)されて初めて解決の道を開く。「私憤」を「公憤」に高める不断の実践化は、その意味において大切かつ尊いことだといえる▼非難する人にならないためにも、愛想笑いでお茶をにごす人にならないためにも。

(2004/12/17掲載)

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