行雲流水

  ベートーヴェン作曲の「第九」交響曲の演奏は年末恒例の風物詩になっている。力強く、壮大な曲と共に、高らかに歌いあげられるシラーの詩「歓喜に寄す」が聴く者に深い感動を与える。「なんじの神秘な力は引き離されたものを再び結びつけ、なんじの優しい翼が羽ばたくところ人々はみな兄弟となる」▼この「第九」が日本で初演されたのは八十五年前、徳島県鳴門の板東俘虜収容所に収容されたドイツ人捕虜たちによるものであった。彼らは、第一次大戦のとき、中国戦線で捕虜になった人たちであった。「捕虜は非戦闘員として人権は尊重され、相応の処遇を受ける」という国際ルールが当時はまだ守られていたことになる▼「第九」は、今では多くの地域で演奏されており、五千人規模のものさえある。この曲のテーマは「苦悩をつきぬけて歓喜に至る」であり、第一楽章の苦悩に始まり第四楽章の歓喜で終っている▼十代でシラーの詩に出会い、構想三十年、死の三年前に完成したこの曲は、不遇と孤独と闘ったベートーヴェン自身の人生と思想の総決算だと言われている。そこには、自然と人間を称え、人類愛と抑圧からの解放を求める思想が込められている▼だからこそ、この曲は世界中の人々に、深い慰めと励ましを与え続けてきたのだろう▼ところで、今年は「力の論理」がはびこり、「弱肉強食」の世界が露出した年であった。歓喜の歌は次のフレーズで始まる「おお、友よ、このような調べではなく、もっと快い、喜びに満ちた調べを歌おうではないか」。

(2003/12/24掲載)

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