今日は普通に仕事して,夜は出かけちゃったんで写真は無いです。
書く事も特にないんだけど…あっ,「このサイトと作者について」なんていうページを作ってみました。
自己紹介みたいなものと,このサイトの説明,撮影環境等を書き連ねてみました。
今日も仕事〜♪
がしかし,仕事帰りに友人宅に行ってPCのメンテをしてきました。
スパイウェアだかウィルスだかにやられちゃってて,それを何とかしようとして結局OSが正常起動しない状態になっており,結局はHDDフォーマットかけてクリーンインストールする事になっちまったんだけどね。
役に立たんですまんのう〜>友人
さて,明日は写真撮りに行けるだろうか?
ってだけでは寂しいので,沖縄の写真がいっぱい載ってるサイトを探してたらここを見つけました。サイト名はずばり「沖縄の空と海
〜Beautiful Scenes」!
いやぁ写真上手いなぁ,それに内地の人らしいのに私なんぞより遥かに沖縄を知ってて愛しているよ。
沖縄に生まれ育ち,今も住んでいるくせに,泳ぐのが不得意でシュノーケリングもダイビングもやらず,行った離島は小学生の頃に渡嘉敷島と伊江島に行った記憶がちょっとだけある程度な私は,以前とある方に言われました「もったいないなぁ。お前は沖縄の良さを半分以上も知らないんだな」
確かにそうかも知れない。そう思ったです。でもさ,運良く,この歳になって“写真を撮る”という趣味が出来,あちこち周るようになると,かえって知らない場所が多い事がよい事のように感じたりもするんだよね。だって身近にこれだけ感動できるくらい綺麗な,そして今まで知らなかった場所が山程あるってぇ事だからさ
(^o^)
あっ,そうそう。上のサイト見てて思ったんだけど,「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」として世界遺産に登録されてる場所のうち,まだ写真撮りに行ってないのは“今帰仁城址”と“園比屋武御嶽石門”だけですな。これは…狙ってみますか?
今日は朝から,母と一緒に19日に具合悪くなって入院しているばーちゃんの見舞いへ。
途中でタバコ買いに行きたいからと,近くのコンビニへ行ったんですが,その途中病院の庭みたいな所で咲いてた花が結構綺麗だったんで,ちょっとだけ撮影しました。




那覇市末吉・那覇市立病院にて。4枚目は薄いピンクのハイビスカス。
病院を出たのが10時半過ぎ。今日はお彼岸という事で,仏壇に捧げる餅とかを買いに,そのまま市場へ。
買い物を済ませ自宅に戻り,「午後から写真撮りにまた出かけようかな」とか考えていたら,病院から「ばーちゃん危篤。大至急来い!」との事。
とりあえず母だけ病院に向かい,連絡を待っていたんだけど,13時頃に母から電話が入り,「亡くなった」との事。私も病院へ向かいました。
病院に着くと数時間前には生きて,「○○が来たよ〜」と声かければ反応してくれて,手を握ったらなかなか放さないので困ったりしたばーちゃんがピクリとも動かずに寝ておりました。
ふと横を見ると,直線が書かれた紙がだら〜っと出ている機械があり,「あぁこれが心電図なんだろうな」と奇妙な程に冷静に観察している自分がいたり。
あとで話を聞くと眠ったまま,特に苦しむ様子もなく,息を引き取ったそうです。
ばーちゃんと言っても母の母親だし,中部に住んでて年に数度会うだけの関係だったのですが,まぁ最晩年は色々あってうちで引き取り一緒に過ごしていた期間もあったりして何かと関係持ったりしてたんですが,子供の頃に目一杯世話になったとかそういう思い出はあまり無く,薄情に思われるかも知れないけど思いっきり悲しかったりはしてないです。
ただ私の母の方は,自分の母親を亡くした訳で…それが心配でした。少しぼーっとしては居ますが,いつもの気丈な母ではあるので大丈夫かとは思うんですが,まぁできるだけ傍にいてやろうかと。
若くして戦争で連れ合いを亡くし,米軍の沖縄上陸の際には早々捕虜となったと聞きます。どんな人生だったのだろう…ばーちゃんを家に引き取っていた時,よくそんな事も考えたりしました。少しボケが始まっていて,自分でも情けないと思っていたのだろうな。再来年にはかじまやーを迎えるはずだった…という事は95歳かな。天寿をまっとうしての大往生だと思いたいです。
私の嫁さんや子供は見せてあげられんかったけど,他の孫達には沢山会えたからいいよね?
今日はばーちゃんの出棺があるってことで,仕事を急遽休み,母と一緒に読谷へ朝から行きました。
出棺を済ませ,火葬場へ預けている間,時間があったんで母の希望で近くの浜へ。
来たついでに数枚写真を撮りました。最初はちょっと曇ってて綺麗に色出てませんがご容赦を。





小さい頃に良く来たはずなんだけど,開発が随分すすんじゃってて,全然道判らんかった。
この浜は石を切り出したあとがはっきり残ってて,それが妙に感じよくて…。浜のあちこちに,ウニの屍骸が落ちてたんですが,真ん中に穴あいてたんで,誰かが食った跡か?
5枚目の写真はちょっとした洞窟を撮ったもの。中にはカニの屍骸がありました。
向こうへ着くと,母の小さな頃からの親しい友人であるおばさんが来てて,ずっと母の傍についててくれました。
本当に仲良くて,一生の友達ってのはこういうのを言うんだろうなと,感動したり。
今日は実は起きた時から少し頭痛がしてて,この浜から引き上げた頃からひどくなり,骨を拾って自宅に帰った頃には無茶苦茶痛くなってました。
バファリン飲んでしばらく寝てみたんだけど全然良くならず,なんとか無理矢理夕飯食べてから今度は風邪薬飲んで,24時頃にやっとおさまり,この日記を書いています。
久しぶりだわ。こんなに酷い頭痛は。疲れたのかな?何もしてないんだけどなぁ。
今日はおばーの告別式って事で,お昼前から読谷へ。 結構疲れたぞよ。
実は今日,高校時代の同級生が結婚披露宴をやるってぇんで,出席する予定だったんだけど,当然喪中だから不参加にしました。
そいつも私が所属する楽団の団員だから,うちの楽団全員で余興演奏するってぇんで前々から準備してたんだが,残念ながら演奏にも参加せず。私が中心に話を進めてたんだけど,そういう事情だからって事で他の人に引きついでもらったんだけど,大丈夫だったのだろうか?ちょっと心配だったりする。
話変わって台風21号が近付いているという事で,気象庁の予想によると「2〜3日停滞する可能性がある」とか言いやがったんで,『こりゃ数日やる事なくて暇するぞ』と思い,レンタルビデオ屋に行ってみた。
皆考える事同じですねぇ(笑) 車いっぱいだったっす。一応ヒューマンドラマ系を3作借りてきたんだけど,最近DVD借りておいて全く見ずに返却というパターンが多かったので,何を借りたかは今は書かないでおきます
f^_^;
台風21号,変な進路辿ってますな。行ったかと思えば戻ってくるし。
そう言えば昨日は日記書いてないんですが,ほとんど家で寝てたんで,書く事無いんですよ。すんません。
25日に借りてきたDVDの1つ。
一緒に写真撮りに行ったりゴルフしたりする,一番仲の良い友人がすすめてたんで観てみたんですが,とても良い映画でした。
役者も一人一人皆良い味出してるし,無駄な登場人物が無い(あっ,同じ事か!)のが気に入りました。
じんわり来る哀愁はたまらないものありますね。良い映画に出会えると,ホント得した気分になります。
ちなみに,残りの2つはこれとこれだったりします。う〜む,3本のうち一番良いものを先に観てしまったのではないだろうかと,ちょっと不安。
昨日も頭痛が襲ってきまして…まぁ久しぶりに一日中事務所内で働いてたからだとは思うんだけどさ。
おばーの初七日ということで今日も読谷へ。ちょっと時間あったんで…


結構綺麗ですよね。漁港入り口には2枚目の写真のように,近くの小学生が作ったシーサーやプレートが展示されてました。

黄色いペンキで書かれた「なんでゴミすてるかね〜」の文字,見えます? まったくだよな。
都屋漁港は母にとって戦争にまつわる思い出の地だったそうで,今日読谷からの帰り道すがらちょっと話を聞きました。まぁ今までに何度も聞いた話ではあるんだけど,私の記憶の整理にもなり良かったんで,その中からさらにちょっとだけ書いてみます。
1945年4月1日,本島西側からアメリカ軍が上陸した際,うちの母達は近くの自然壕(ガマ)に避難していたそうです。
アメリカ軍が降伏を呼びかけた時,一緒にガマへ避難していた男性が「アメリカ軍の人は絶対皆に危害を加えたりしない」と必死で皆を説得して,それでそのガマに非難していた人達は,上陸直後にほとんど捕虜となったそうな。ほとんどと書いたのは,ガマに隠れる前に艦砲射撃等の爆発で数人命を奪われたと聞いたからです。
ちなみに悲劇の舞台となった“チビチリガマ”はそのガマからそう遠くない場所にあったりします。
捕虜となって最初に連れてこられたのがこの都屋港だったそうです。
あとこういう話も聞きました。
上陸前に二度疎開しようとしたのだけど,その何れも母の弟(私にとっては叔父)が高熱を出し,断念した。1回目の疎開のチャンスで乗る予定だった船が“対馬丸”だったそうで,2回目にはやんばるへの予定だったそうです。
やんばるへ逃れ,その後捕虜となって同じ場所に送られてきた人達は,食糧不足でガリガリに痩せてた…結果的に色んな偶然が重なって,母達は命を保ち,私も今ここに居るんだなぁとしみじみ思いました。
母の父(私のおじーですね)は,当時海軍に所属しており,海上で亡くなったそうなので,「おとー(父)が私達を守ってくれたのかねぇ」と,母が私に話してくれたのを思い出したりしました。
もうひとつ補足しておくと,当然日本兵もガマに出入りしていたそうなんですが,上陸の前には命令なのか皆兵隊は南部の方へ集められていたそうで,上陸時にはガマに兵隊さん達は一人も居なかったそうです。
その兵隊さん達が南部へ移動する時に,民間人へ乾パンを一つずつ渡してから行ったそうで,「あの乾パンの美味かった事。一生忘れられないよ」と言っていたのが印象的でした。
いやぁ,この話って,バリバリのラヴストーリーだったんだなぁ。AIに近い話だと思って(いや確かに近いっちゃぁ近いか)借りてみたんだけど,良い意味で裏切られましたよ。
多少無理矢理なところもあるんだろうけど,そんなのどうでもいいくらい,話に引き込まれておりました。最後泣きそうになりましたよ。
グリーン・マイルから続いて,こいつも良い映画だったなぁ。今回借りたDVDは大当たりだったのかも知れない。
というか,私はヒューマンドラマ系が好きだというのがはっきりしただけなのかも知れないけど(笑)
今日は泡瀬方面で仕事してたんで,お昼ご飯はコンビニで買って浜で食べました。その時にちょっとだけ撮影。


今日も思いっきり引き潮で,潮干狩りしてる人がちらほらといましたよっと。
15夜に写せなくて,明日こそは…とか思ってたのに,昨日はすっかり忘れてた(笑) 今日はちょっと欠けてるし…

やっぱ天体望遠鏡に繋げられるようなカメラが必要かなぁ。