嘉永5年(1852年)、米英国官憲によって迫害を受け悲惨な最期を遂げた中国人を葬ったお墓です。この事件は「ロバート・バウン号事件」「石垣島唐人墓事件」と呼ばれています。このお墓には中国福建省出身者128名の御霊が祭られています。
事件は18522月、福建省アモイの港で400余人のクーリー(苦力)と呼ばれる労務者達を米国商船「ロバート・バウン号」に乗せカリフォルニアへ送られる途中、辮髪(べんぱつ)を切られる、病気になった中国人2名を海中に投げ捨てられる等の虐待を受けたため暴動が勃発。船長、船員7名を殺害してしまいます。
船は進路を変更、台湾へ向かう途中、石垣島を台湾と間違え接近、崎枝沖で座礁し、中国人380名を下船させます。
八重山蔵元は中国人達を保護しますが、イギリスの艦船が3度にわたり来島、中国人を銃撃・逮捕しました。病気死、自殺する者もあったそうです。死者は石積みのお墓で葬りました。
生存者172名は交渉の結果、中国に送還され事件は終結しました。
昭和46年(1971年)、点在していた遺骨を集め、各団体や個人から寄付金を募りこの「唐人墓」が建立されました。沖縄が本土復帰する1年前の事です。群島内外からの寄付金総額5,225j13k、石垣市が負担金として1,898j58kを支出(当初予算1000j+追加支出898j58k)、計7,123j71kで建立されました(当時は1,000jで家が一件建てられたそうです。会社員の年収550j位の時代です)。

人(とうじん)の墓 / 下車見学