石垣島の道路網は東回り国道390号線と西回り伊原間線の整備よって一周線は完成していますが、島の中央部には県下最高峰の於茂登岳とその連山が屏風のように立ちはだかり、石垣島を二分しています。富野・米原地区の交通は一時間余りの回り道を余儀なくされて日常生活及び土地の利用上、大きな支障を来していました。

それを解消するため計画されたのが「於茂登トンネル」です。於茂登トンネルは、終戦後の琉球政府計画移民の移住開拓がきっかけで、その構想が現実味を帯びて来ました。富野・米原地区入植した人々が開墾し血のにじむ思いで育てた作物を市街地へと運搬するにも当時は途中まで船で運ばなければならず、著しい労働力と危険を伴いまたマラリアの蔓延で患者を病院まで運ぶのに相当の苦労を要し陸の孤島に苦しめられていました。

その人々の苦境を解決するために道路の開削が訴えられたのですが、山越道は地形的に困難で、トンネル構想が生まれたと言われます。
工事は昭和59年(1984)8月着工、昭和62年(1987)3月25日に開通しました。
全長1174bで県内最長のトンネルです。6bの車道が二車線、片側75センチの歩道が設けられ高さは6.1bあります。
工事で掘り出された土はダンプカー12,000台分で、「底原ダム」の工事で使用されました。
トンネル工事費は34億3,000万円、総工費51億2,000万円と莫大な費用を投じて、県内で一番長い(2009年7月現在)トンネルが完成しています。

トンネル富野側坑口には獅子の焼物が飾られています。坑口の形を玉に見立てた「玉乗り獅子」を現しています。
これほど大きな焼物を一度に焼く窯は無いので、336個に分割して焼き上げ、パズルを組み上げるようにして作られました。トンネル内の交通安全を祈願しています。

○於茂登(おもと)トンネル / 通過

定期観光(午後便)