慶長16年(1611)、薩摩藩が八重山の検地(測量)を行いました。その際、八重山には社寺、仏閣が一つも無く宗旨が何であるかわからないとして、当時の国王尚寧に社寺の建立を進言したことから、薩長19年(1614)にお隣の「桃林寺(とうりんじ)」と共に建立されました。
国の重要文化財に指定されています。拝殿は首里城唐波風を模して作られています。
祭神は、和歌山県熊野大権現で、神殿には伊弉冉尊(いざなみのみこと)・速玉男尊(はやたまおのみこと)・事解男尊(ことさかおのみこと)の三柱を祭っています。
当初の建物は明和8年(1771)の「明和の大津波」で破壊され、天明6年(1786)に再建されたものです。

桃林寺(とうりんじ) / 車窓

桃林寺は臨済宗妙心寺派です。山号は「南海山」、円覚寺の末寺でした。
周囲は琉球石灰岩(主に大昔のサンゴ礁によって出来た水成岩の一種)の石垣で囲まれています。
この寺の山門の仁王像は、寺の創建123年後の元文2年(1737)に久手堅昌忠の手によって彫刻されたものです。権現堂と同様「明和の大津波」によって流されてしましますが、崎枝海岸で発見され補修復元されました。
本格的な木造彫刻像としては沖縄唯一のもので昭和31年(1956)に沖縄県の有形文化財に指定されました。

権現堂(ごんげんどう) / 車窓