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○アイナマ石「石になった花嫁」

石垣島にある石化伝説のひとつです。
現場には解説版が設置されていますので、内容を紹介します。
『アイナマとはかわいい花嫁のことです。昔、川平村の美しい娘が平久保村に嫁にいくことになりました。平久保村と川平村は遠く離れており、行き来するにはジャングルのけもの道や干潮時に海沿いに歩かねばならず二日がかりでした。親の勧めで仕方なく承諾したものの、娘にとっては気の進まぬ結婚でした。嫁入りのため平久保村へ向かう途中、花嫁は用足しにといって茂みのなかへ姿をかくしました。なかなか戻らないので、お供の者があたりを探しましたが、花嫁の姿はなく、昼なお暗い山奥には花嫁に似た冷たい石がひっそりと立っているばかりでした。いつしか人びとはこの石のことをアイナマ石と呼ぶようになりました。娘が悲嘆のあまり石化した伝説は他にもあり、石になった花嫁と呼ばれるアイナマ石の伝説も人頭税制度下で苦しんだ農民や女性たちのやりばのない悲しみと怒りが石を通して伝わってきます。設置者・伊原間郵便局』
このアイナマ石は一時期、道路拡張によって無くなったといわれていましたが、昭和63年(1988年)に、宮良樽氏と松氏兄弟に案内をしてもらい、再調査をしたところ山中に残っているのが確認されました。
琉球王朝時代、平久保は隔絶された陸の孤島でした。四ヶ字から平久保へ旅する時は、別れの水杯を交わすほどだったそうです。交通の不便な所で、マラリア蔓延の地と恐れられた所でした。このような背景の下に「アイナマ石」の伝説も生まれたのでしょう。
平  野  線  編

伊原間から5分程走行しますと『伊原間サビチ洞』があります。

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明石集落
昭和30年(1955)に沖縄本島(大宜味村、読谷村他)、石垣市、大浜町等から政府計画移民として入植した方々によって形成された集落です。入植当時の人口は349人でした。集落名は、小字名の「赤石」でしたが、入植団によって「赤」を「明」に変え命名されたそうです。学校は明石小学校があります。昭和30年に伊野田小中学校明石分校として設立されましたが、昭和32年(1957年)に明石小中学校として独立校となりました。その後昭和38年(1963)に中学校は伊原間中学校に統合され現在に至ります。
明石小学校  明石公民館  明石食堂

明石(あかいし) 

バスは明石へ向けて走行いたします。途中、島田紳助さんが経営される喫茶店『トムル』があります。明石集落の南東に「トゥムルア」がありますが、その岬で沖縄県で一番古い地層が観察されました。その地層は、地名を取って「トムル層」と名づけられました。「トムル層」は三畳紀〜ジュラ紀の変成年代を示し、琉球列島では最古(約1億7000万年)の地層だと考えられています。
トムル層は石垣島の北東部、中央部、そして西部に分布しています。

○サビチ鍾乳洞

サビチ洞は日本で唯一、海へ抜ける鍾乳洞です。
3億7千万年前の頃、海底より浮上したもではないかと考えられています。主洞の長さは237メートル、支洞85メートルで全長は324メートルあります。洞穴の幅は平均15メートル、天井の高さは最高12メートルあります。
バスは明石を抜けて久宇良へ向かいます。

◇明石と久宇良の中間辺り、松並木の美しい県道の坂道の山側には「アイナマ石」があります。

久宇良(くうら)

久宇良公民館  石垣島サンセットビーチ
○久宇良集落
昭和31年(1956)3月に、政府計画移民として入植した方々によって形成された集落です。入植者の出身地は、沖縄本島(大宜味村、玉城村、北谷村他)と地元となっています。
集落名の由来は、付近の地名による命名です。方言では「クーラ」いい小さな湾という意味の小浦から来ています。
また、久宇良には「石垣サンセットビーチ」があります。2008年夏の映画「花より男子F(ファイナル)」のロケ地に使われたとても美しいビーチです。
「石垣サンセットビーチ」 問い合わせ TEL 0980-89-2234 
(ビーチオープン期間:4/1〜10/31)