● 宮良橋(メーラパシィ)
17世紀中頃から交通の要として架橋が行われて来ました。しかし、何度も災害で破壊され、その度に補修、架橋建設が繰り返されて来ました。災害は台風も多かったのですが、明和の大津波(1771年)でも破壊されました。その後橋が架けられる事は無く、その往来は干潮の時を見計らって渡るという不便さでした。1860年頃、禁制の真宗の信徒であるとして今帰仁から無期流罪を言い渡され、石垣島に流刑され真栄里に滞在していた「仲尾次政隆」が私財を投げ打って架橋工事を開始したのです。架橋工事に係った人員は延2174人、長さ135b、幅3.6b、高さ4.2bの木橋が架けられました。しかし、その翌年、台風によって破壊された為、再度、私財を投じ架橋を復興させたのでした。島人と蔵元役人は仲尾次氏の赦免請願書を王府に提出、その功績により1864年に赦免されたということです。人びとは橋の完成を喜び「宮良川節」という民謡を作り仲尾次氏を称えたのでした。宮良橋が鉄筋コンクリート製になったのは昭和8年(1933年)の事です。その時に、「頌徳碑」が建立されています。現在の橋は、平成9年(1997年)に架けられました。

● 宮良川のヒルギ林
石垣島で一番長い川が宮良川で、12km.程の長さと言われています。於茂登岳の北東中腹辺りを源流とし、底原川、ヘーギナー川と合流しながら宮良湾へと流れています。その宮良川下流にはオヒルギ等のマングローブ湿地帯が発達しており「宮良川のヒルギ林」として国指定の天然記念物に指定されています。
マングローブとは、熱帯や亜熱帯の海水と淡水の混じりあう河口や内湾の海岸に生息する植物の総称です。マングローブ林は
様々な植物を観察することができますが、主役はやはり「オヒルギ」、「メヒルギ」、「ヤエヤマヒルギ」等ヒルギ類ですね。塩分の多い環境で生息できるのは、根から吸収した塩分をろ過したり、葉から塩分を排出する機能、幹が多汁質で塩分を薄めるもの、塩分を古い葉に集中させてその葉を落とす性質があるからです。また、酸素の少ない砂泥域に生息するため空気中から酸素を得る呼吸根、支柱根、膝根(しっこん)と呼ばれる特殊な形状の根が発達しています。
 
宮良川ではカヌー体験が出来ます。宮良橋で降車すれば、二つの業者さんがあります。プロのスタッフの指導により宮良川のヒルギ林の観察が安全に体験できます。

○石垣島観光 電話:0980-86-8686
○みやら川観光エコステーション 電話:0980-86-7079

バスはヤラブ並木を通りながら坂道に差し掛かります。坂道を上りきった右側に馬見岩、馬の像、石碑が建立されている区画が見えて来ます。
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旧街道は現在の県道大浜・富野線へ進み、四カ字から宮良・白保方面へと連絡する旧街道タナドーミチィ(タナドー道)へと合流しました。

その後現在の磯辺第二団地の北側、磯辺給油所の北側を通じて宮良橋の近くで現在の国道と合流するような街道でした。ここら付近はカーチビ(川尻)と呼ばれ、大浜の人たちが牛馬をつなぐ原っぱだったそうです。この辺りの旧街道を別名カーチビミチィと呼んでいました。

※分岐点
バスは県営磯辺団地南付近で国道390号線と県道209号線 大浜・富野線で路線が別れます。東一周線・白保線・平野線は国道を直進、白保方面へ向けます。川原線は左へ折れて大浜・富野線を川原方面へ向けます。

●磯辺(いそべ)
昭和13年(1938)頃から製糖工場があり、宮古島から自由移民の入植が多くなり次第に集落が形成されてきました。現在は公営の団地が目立つ地区で、人口は700名程です。
白保線・東回一周線・平野線 編
太陽の里前 (東一周線・白保線・平野線)
老人保健施設いしがき太陽の里 社会福祉法人綾羽福祉会ハーモニー  磯辺第二団地
JA野菜集出荷場  JAパイン集荷場   
宮良橋 (東一周線・白保線・平野線)
宮良橋 石垣島観光 みやら川観光エコステーション
軽井沢倶楽部ホテル石垣島 みやら保育園   
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宮良団地前 (東一周線・白保線・平野線)
磯 辺 (東一周線・白保線・平野線)
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