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○浦底越地(ウラスククイチィ) / 車窓

浦底湾を左に波音を岸辺に聞きながら伊土名へと向かいます。
右側に見える谷間辺りが浦底越地と言います。クイチィとは山岳地帯を越える道という意味です。この峠を越えると表石垣の伊野田方面へ出ることができます。この道は以前大里と桴海を結ぶ唯一の交通路であったようです。今は整備されアスファルトの道が通っておりますが、以前この山道の険しさは想像を絶するほどだったといわれ、ソージィ川の曲がりくねった川(七曲川:ナナンガーラ、越地の道筋途中で七回もその川を渡った)や屏風折りの山道を登り降りするのに大層、難儀を極めたそうです。このような険しい山道でも恋をする男女にとって苦にならなかったとみえ、昔、桃里村の乙女と桴海の男とが相思相愛の仲となり毎夜ナナンガーラのほとりで逢瀬を重ねていましたが、二人とも両家の一粒種であったので結婚が認められませんでした。ふたりは泣く泣く別れることになりました。川縁に岩に腰を下ろし、手にした小石で腰掛けた岩をコツコツとつつきながら、最後の別れを惜しみつつ夜を明かしたそうです。その岩にはいつしか二つの深い穴ができたとのことで、その穴のことを人々は「うらみの石壺」「別れの石壺」と呼ばれ、また「ロマンスの岩穴」と呼んでおります。壺の深さは、乙女の叩いていた方が、男の壺よりも深かったと言われています。
また、この山の頂上のことを「アガヤーチヂ」と呼んでおります。それはどちらから登ってもこの山の頂上まで来ますと、決まって「アガヤーヘー」とため息をついたところから「アガヤーチヂ」と名付けられております。「アガヤーヘー」と言いますのはこちらの方言でくたびれたという意味です。
現在は、かつてのウソスククイチィと交差する形で昭和62年(1986年)に浦底農道が整備されています。
農道の途中の深い谷には橋が架けられています。八重山文化研究会長・牧野清氏により「浦底橋」と名づけられました。
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大田(おおた)  (西回伊原間線・西回一周線)

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昭和29年(1954)に野底地区への政府計画移民として入植して来ましたが、耕地配分が政府との約束と相違があった為、昭和31年(1956)に再入植先としてここへ移って来たという経緯があります。バショウが多かった場所で、古くは「糸名」という地名でしたが団員らによって三つ字の「伊土名」と改められました。この地区も道路がなく、海岸線を伝って畑へ通い、開墾を行うという不自由さでした。
こちらの地区は、衛生面に特に気を使い「モデル衛生部落」として表彰を受けたこともあります。現在70名程の方が住んでいます。

伊土名(いとな)  (西回伊原間線・西回一周線)


八重山栽培技術開発センター  西海区水産研究所石垣支所
○下地集落
多良間と同じ時期に開拓された集落です。政府計画移民として入植された方々は、宮古、沖縄本島(糸満・仲里村)等で入植当時の人口は165名でした。集落名の由来は宮古島下地出身の方が多かったことに由来します。昭和29年(1954)12月に野底小中学校が設立されました。昭和38年(1963)に中学校は伊原間中学校に統合されており、現在は野底小学校・のそこ幼稚園となっています。

←野底マーペの頂上から見た野底小学校近辺
西回伊原間線・西回一周線 編
○多良間集落

政府計画移民として昭和29年(1954)に入植した方々で開拓された村でした。入植した方々の出身地は、宮古、沖縄本島、八重山(大浜)などで、人口約199人でした。集落名の由来は、多良間島出身の方々が多かったことから命名されています。
○大田(おおた)
今でこそ一周線があり、島を快適に一周することが出来ますが昔は陸路が無かった地域でした。またマラリアの有病地として知られていました。昭和30年(1955年)頃から自由移民として人びとが移り住み次第に集落を形成しました。入植した方々の出身地は、地元、本土、宮古平良市などでした。現在は、かつての入植した方々はいなくなっています。現在は30名程の方々が住んでいます。
野底小学校  野底マーペ登山口
下地  (西回伊原間線・西回一周線)
◇独立行政法人水産総合センター 西海区水産研究所石垣支所
美しく豊かな石垣島に、亜熱帯の水産振興、地球規模の環境保全等の研究を推進する事を目指して平成6年(1994年)に設置されました。
2009年4月15日には、沖縄の三大高級魚の一つ、マクブ(シロクラベラ)の稚魚3000尾を名蔵湾地先に放流しました。2004年から放流を開始し今回で11回目となります。計68,000尾を放流したことになります。
また2008年8月には、ウミガメの一種で希少生物となっているタイマイの産卵に3年連続して成功、同年9月には、タイマイの移動経路や分布状況を調査するために、1歳ガメ10頭を放流しています。その時は伊野田小学校の児童と幼稚園児達が体験学習として参加しています。様々な研究が行われている組織で、その成果に大きな期待が寄せられています。
200カイリ体制で日本の水産業を取り巻く情勢は大変厳しいものとなりました。これまでの「獲る漁業」から「作り育てる漁業」への変換を余儀なくされてきました。この八重山の亜熱帯海域で資源に恵まれた周辺水域を見直して高度利用するために、この事業場は完成いたしました(昭和60年11月開所)。研究対象魚はクロマグロ、カンパチ、ノコギリガザミ、コウイカ等の高級魚であり、中でも最も注目されるのが世界でも成功例のないクロマグロの種苗量産の技術研究です。 この近海は沖縄でも最も恵まれた魚場条件といわれております。しかし、サンゴ礁の地形の制約、台風の襲来や季節風に加え漁港の整備の遅れ等により沖縄の水産業は本土に比べると大きな遅れをとっています。
上多良間 / 下多良間  (西回伊原間線・西回一周線)