Welcome to Our Company

○大嵩(おおたけ)
大嵩集落は、昭和27年(1952)に自由移民の方々によって形成された集落です。同年、「大嵩部落会」も結成されました。政府計画移民と違い多くのハンディを抱えながらも発展して来た集落です。開拓の苦労も多く、猪などの被害にも悩まされ、飲料水にも事欠き大変な苦労をしながら集落を維持して来ました。昭和46年(1971)、7月25日に島を襲った「火風(ピーカジ)」台風18号の見舞いに来たミッシェル高等弁務官から「公民館を贈りたい」との申し出を受け着工がなされました。翌年の5月13日に落成式典が開かれました。その公民館は現在でも使用されています。現在人口は25名前後です。

吉原(よしはら)  (吉原線・西回伊原間線・西回一周線)

Products
定期観光バス
Products
Contact us
About us
News
Contact us
Contact us

仲筋(なかすじ)  (吉原線・西回伊原間線・西回一周線)

吉原線・西回伊原間線・西回一周線 編
川平小中学校 川平郵便局   民宿前高屋

昭和28年(1953)6月、政府計画移民団によって創建された集落です。移民団の出身地は宮古島の方々で、団長「下地豊吉」氏率いる228名でした。地区名を、団長の名前から「吉」の字をもらい、当時の地名であった「山原(ヤマバレー)」の「原」の字と合わせ「吉原」と名づけました。入植当時の周囲は密林で、道路は山道ひとつしかなく、開拓にはかなりの苦労を伴いました。作物は土壌の殆どが砂であった為にうまく育たず、台風の被害にも翻弄されました。そこで下地団長は「畜産」で村を維持することを決意、移民団としては初の畜産農業を行い村を興してきたのです。

吉原小学校   狩俣ストアー  比嘉商店

※ 大嵩西入口→大嵩から伊原間(いばるま)間はフリー乗降バスとなります。

川平郵便局前  (吉原線・西回伊原間線・西回一周線)
ポーザーおばさんの食卓
山が割れている地、ヤマバリが「ヤマバレー」と転訛したという説があります。平成12年(2000年)頃はこの一帯原野でした。翌年頃から、本土から移住してきた方々の住宅や、別荘としての建物が多く建てられています。2009年現在は30戸以上の建物があり、今も建築中の物件もあります。色々なショップが立ち並んで楽しめる所ですここからは東シナ海が一望できる地として、とても人気があります。
CONTACT US

山原(ヤマバレ)  (吉原線・西回伊原間線・西回一周線)

※ 吉原線はここで折り返しとなります。

この仲筋村は元禄12年(1699年)に創立された村です。人頭税時代に裏石垣の桴海・野底・伊原間・平久保からの貢ぎ米を納めておく大きな倉庫が建てられていました。戦争中に強制移転を受け昭和19年(1944年)に廃村となりました。昭和23年(1948年)に自由移民が入植し、この小さな村は再生されました。入植者の出身地は宮古島城辺出身の方が多かったとのことです。現在は20名ほどの方が住んでいます。今は駐車場が整備されており、川平湾の全貌を見る事ができます。
根間商店  川平観光農園
大嵩(おおたけ)  (吉原線・西回伊原間線・西回一周線)